リオテジャネイロ・パラリンピックが日本時間の明日8日から始まります。

ワールドメイト会員も、深見東州先生が障害者ゴルフをパラリンピックに採用されるよう活動されているため、関心が高い人もけっこういるようです。私もワールドメイトで、そんな話が出だしてから、パラリンピックへの関心が出てきた1人です。

財政難でリオ・パラリンピック開催が危ういとか、ロシア選手団の出場が禁止になったりとか、今回も、いろいろ話題に欠かないパラリンピックですが、ここ数回のオリンピックで思うのは、パラリンピックの存在が、とても広く取り上げられるようになってきたことです。そこで、いつぐらいから、こんなに大々的になってきたのか調べてみました。

すると、やはり今世紀になってからのようです。2000年のシドニーオリンピック開催後に、国際オリンピック委員会と国際パラリンピック委員会によって、「オリンピック開催国は、オリンピック終了後、引き続いてパラリンピックを開催しなければならない」との基本的な合意に達したそうです。そして、二つの組織の協力関係がより細かく決められ、2004年のアテネ大会からは、パラリンピックの組織委員会が、オリンピックの組織委員会に統合されます。それで、オリンピック開催と同時にパラリンピックの存在も、強くアピールするようになってきたのかもしれません。今のようにオリンピックとパラリンピックが、常にセットで、同等に報道されるような形が、当たり前になってきたのでしょう。

 

もちろん、そうなるまでには、50年に及ぶ歴史がありました。

その歴史は、パラリンピックの父と呼ばれる、ドイツ出身のユダヤ系の医師、ルードウィッヒ・グットマン卿から始まります。グットマン卿は、傷痍軍人のリハビリにスポーツが最適だと考え取り入れた人で、1948年に車椅子患者たちによるアーチェリー大会を開催します。

それが発展して、国際大会になっていきます。そして、1960年にローマオリンピックの後に開催された大会が、のちに、第一回のパラリンピック大会と位置づけられるようになったそうです。
興味深いのは、車椅子の人たちによる小規模のアーチェリー大会が、パラリンピックの原点になっていたことです。深見東州先生も、国際スポーツ振興協会という団体を通じて日本のアーチェリー競技を支援されています。障害者のアーチェリー競技ではないかもしれませんが、何やら奇しき縁を感じます。

それから、このルードウィッヒ・グットマン卿は、「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」という言葉を傷痍軍人たちにかけていたそうです。勇気の出る力強い言葉だなと思いました。

 

その後、車椅子使用者だけの大会ではなく、それ以外の障害を持つ選手も出場するように発展していきます。冬季大会も行われるようになります。

そして、リハビリの延長としてではなく、現在のような競技性の高いスポーツへの転換点は1987年から始まり、1989年には現在の国際パラリンピック委員会(IPC)が創設されました。

そして初めに書いたように、2004年のアテナ大会からは運営が大きく変わり、そのおかげでパラリンピックがマスコミに取り上げられることが増えます。前回のロンドン大会では、過去最多の観客が詰めかけ、選手の中にも、商業的に大成功する選手も増えています。

 

そして、本格的なアスリートとして勝負に勝つことが重要視されてくると、国家の支援や、個人的な財政が豊かな人が有利になってきます。車椅子や義足などの器具も、より高度なものは高額ですからそうなってしまいます。また、ドーピングの問題も起きていることは、ロシア選手の件で皆が知ることになりました。

福祉という意味合いからスポーツ文化へと変わってきたパラリンピックにとって、これは、起きるべくしておきた課題ですね。オリンピック競技においても、国の強化支援が大きなところがやはり強いですし、ドーピングの問題にしてもオリンピックと同様のことが言えるかと思います。

 

しかし、パラリンピックが、これだけ大きく取り上げらるようになったことで、日本における障害者スポーツに対する認知度や理解度が、どれだけ大きく変化していくか計り知れません。日本においては、障害者スポーツというとリハビリ的なものとしての認識が高いですし、さらに障害者に対する偏見のようなものも、まだ残っているようにも感じられます。それがパラリンピックのおかげで、障害者に対する認識もこれから変わっていくように思います。

ワールドメイトで聞いた話ですが、深見東州先生も、オーストラリアで初めてブラインドゴルファーと出会われた時、障害を持つ人とは思えないような人間性の明るさに驚き、また、受け入れる周りの環境の違いなど、日本における障害者の実情とは違う部分を強く感じられたようでした。それで日本の障害者にも、ぜひこのようなことを知ってもらいたいと思い、ブラインドゴルフの導入を決断されたのだろうと思います。

スポーツには、社会をより良くする力があるという信念を、深見東州先生はお持ちだと思います。福祉活動としてのスポーツもとても素晴らしいと思います。さらに本格的な障害者競技として、パラリンピックのような圧倒的に大きな祭典が開催されることで、社会に大きく認知され、障害者にとってもより良い社会になることを願っています。明日からのパラリンピックの大成功と、東京でのパラリンピックに向けて、さら大きく進化していくことを祈念いたします。

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IPCクレーブン会長インタビュー リオ・パラリンピックあす開幕

リオデジャネイロ・パラリンピックが7日(日本時間8日早朝)に開幕する。大会組織委によると162カ国・地域から、史上最多規模となる約4300人の選手が参加する予定だ。南米で初めて開催される大会を前に、国際パラリンピック委員会(IPC)のフィリップ・クレーブン会長が4日、朝日新聞のインタビューに答えた。

――リオ大会で描く理想とは
「大成功した4年前のロンドンを思い出して欲しい。連日、スタジアムは満杯。ある調査では、英国民の3分の1が、障害者に対する認識が変わったと回答したという。これこそが『遺産』。スポーツとしての市民権を確立できたと思っている。リオは、ロンドンより40カ国近く多い150カ国以上で放送される歴史上、最も世界の視聴者に届く祭典になる。競技レベルでも史上最高の大会になるのはまちがいない」
――国家主導でドーピングを隠蔽(いんぺい)したロシアの選手団の出場を全面禁止に。一部参加を認めた五輪より厳しい処分を科した
「大目に見たら、パラリンピックへの信用は失墜する。『勇敢な判断』といわれるが、正しい判断をしただけ。腐敗を許すことは、死を意味する」
――資金難で、リオは開催危機も噂(うわさ)された
「約5週間前まで、財政面で困難を抱えていた。先に開いた五輪にお金がかかり、後に開くパラに足らなくなっていた。ブラジル政府などの支援で間に合ったのは事実だ」
――リオは4年後の東京へのステップになる
「東京での成功はすでに確信している。国、東京都、スポンサーを含め、関心の高さが伝わってくる。だから、まずはリオでの成功を祈ろう」

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