言霊というのは、辞書で調べると「言葉に宿ると信じられている霊的な力」なのだそうです。私が所属しているワールドメイトでは、もう少しくわしく知ることができます。ただ長くなるので、今日は言霊の詳細については省きます。

言霊までいかずとも、言葉にはコミニケーション、いわゆる意思の疎通以上に、もっと大きな力があることを、たびたび経験します。先日、ワールドメイトで、軽い相談に乗ったときのことです。その人は、不安をもっていたのですが、自分でも何が問題なのか、よくわからないようでした。そこで、こちらから聞いて行く形で話しをしていると、だんだんその人の不安の正体がわかってきました。すると先ほどまで不安の悩みを持っていたその人が、なにかスッキリしたようで、ほぼ解決してしまいました。よく人に悩みを話すと楽になると言いますが、それと似ているかもしれません。ただこの場合少し違ったのは、私に話をしたからというより、私がうまく聞きだすことで、不安の正体を言葉で的確に表現することができたからのようです。つまり、その人は不安をうまく言葉で表現することができず、それが悩みになっていたのです。

 

なにかの本で読んだのですが、ある学校に性同一性障害の学生がいました。その学生は、誰にもその違和感を相談できず、漠然とそのことを悩んでいたそうです。ところがあるとき、性同一性障害という病名の病気があることを知ったそうです。すると、急に気持ちが楽になり、ひょっとすると自分を救うことができるのではないかと思いはじめたそうです。それからは、解決はしてませんが、誰にも言えなかった困難な苦しみからは解放され、人にも相談できるようになったそうです。

これなどは、言葉にして表現することが、いかに重要なことかがわかる気がします。漠然として言葉に表現することができないため、したがって人にも説明ができず、自分でも考えがそれ以上にすすまないという、ジレンマのような苦しみがあったのでしょう。困難を解決するには、まず、そのことを的確な言葉で表現できないと、前に進むことができないわけですね。

 

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そこで、ワールドメイトで教えていただいた、願いが叶う祈りのしかたを思い出します。内容について、すべてはお話しできませんが、確実に言えることがひとつあります。それは、ワールドメイトの深見先生のお祈りを聞いていると、いつも感じることです。何かと言うと、深見先生は願う内容について、深くて正確な理解にもとずき、非情に適切であり、かつ十分に言葉が足りた表現でもって、どうしてほしいということまでを、鮮やかに文学的な調べでもって完璧に言上されるのです。これが、大いなる霊力になっていると、そう聞いたことがあります。

私も心の中に漠然と思っていることを、ことごとく的確に祈りで表現できたときは、ものすごく調子がいいです。残念ながら毎回はできません。表現力も理解力も不足しているからです。しかし、うまくできたときは、とにかく祈りの力はすごいと実感できるのでした。

祈りで世の中変われば苦労はしないと思ってる方は世間に多いでしょう。祈りなんか、なんの役にも立たないと。いやいやそれは単に祈り方が未熟なだけなのです。深見先生のように圧倒的な祈りの言葉の表現力があれば、ほとんどのことは叶っていくのではないかと、私は自信もって言えるのでした。

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