私の小さい頃のお盆の思い出として、祖父祖母の家に親戚が大勢集まり、仏壇の前にはきれいな灯籠がたくさん並べられ、美味しいものをいろいろ食べながら、従兄弟たちと遊んでいたという記憶があります。かなり毎年盛大にやってました。もちろん送り火、迎え火もありましたし、初盆のときは、灯籠流し(精霊流し)で、海に流しに行った覚えもあります。また、時々はお坊さんも来て、お経を唱えていました。よく意味もわかってないまま、とにかくお盆には曾おじいちゃんや曾おばあちゃんが帰ってきてるからね、といわれ、家の先祖が帰ってくると言うことだけは、かろうじて理解してました。もちろんお墓参りにも、毎年行っていました。

 

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今思うと、あれでお盆の過ごし方としては、よかったのかもしれません。しかしいつの頃からか、お盆のそういう伝統も途絶えぎみになってしまい、簡単に済ますようになってしまいました。ワールドメイトに入会したのは、ちょうどそんな時でした。そこで私は生まれて初めて、先祖供養というものについて真剣に考えました。といっても、そんなに大げさなものではなく、ワールドメイトは神道ですから、年に2回、節分とお盆のときにだけ考えるだけでした。それ以外のときは神仏に心を向けることはあっても、先祖や霊界に心を向けることはほとんどありません。

 

年に2回というのは、節分(旧正月)とお盆の頃に、日本では霊界の先祖との交流が昔からあったからなのでしょう。日本では、その頃に先祖が帰ってくるから、その前に年越の大祓、夏越の大祓いを行ってたまった穢れを清めて正月を迎える、という慣習があったようなのです。ちなみにユダヤ人にも、そういう似たようなことをするならわしがあるそうです。

そういうDNAが日本人の中に流れていることを理解すると、私にも思い当たることが多々あります。まず、お盆の供養を盛大にしていた頃に比べて、だんだんしなくなるに従い、まるで呼応するかのごとく家系の運気が下がっていったことです。それは親戚一同も含めてなのですが、〇〇家一族の威勢がなぜか衰退している感じを受けました。でも、時代の流れなのだろうで済ませていました。

 

それから、私の体にだんだん変調が現れてきたことです。たとえば、小学生のころ喘息にかかりました。それ以外にも、なにか原因不明の病にかかることがあったりと、私はけろっとしていたのですが、親には随分心配をかけていたようです。さすがに社会人になったころには、そういうからだの変調はなくなり、元気に頑張るようになりました。しいていえば、その時期になると熱を出したり夏バテをするとかはありました。それらが、すべて先祖供養をしなくなったからだとは思いませんが、大きな関係があったことは間違いないでしょう。今思い返すと、実感としてそう感じました。

 

ですから、私としてはワールドメイトに入会して、先祖の影響の実態を知り、それに対する正しい対応を知ったことで家の衰運に歯止めをかけることができたと思っています。その前にまず個人の運勢が随分よくなりました。家全体となると、そう簡単に変わるものではないですが、それでも身近なところから少しづつ変わっていきました。結婚や子どもを授かったことなども、世間ではあたりまえのことのように考えますが、家系の衰運や盛運と大きく関係しているのではないかと思います。

 

 

ただ先祖供養のために人生があるのではありませんから、あまりやりすぎるとよくないのも事実です。供養ばかり気にかける人生は、まったく道に外れています。霊界に波長が合いすぎて、かえって逆効果になることだってあります。人生の本質とは、本来もっと他のところにあると思います。ワールドメイトでよく言われますが、自分自身を立派に磨いていくことこそが、なにより大事なことだからです。本当は、それだけでもいいくらいですが、でも現実のお金や健康、仕事や結婚や人間関係などに、わりと強く影響を持っているのが先祖です。許された時期に感謝の心をもって供養を行えば、現実の生活にプラスになるのも間違いなく事実だと思います。

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