「深見東州のぜんぶ私の歌、私の話」で、社会人として大切なお話をされてました。詳しくは、オンデマンドで聞いていただく方が良いと思います。上司と部下との間における間の置き方について、社会人として必須の考え方を話されています。これは、とても良いお話でした。

それに関連することで、空海と仏教の教えについても、お話されました。ワールドメイトで、その話を昔聞きましたが、これは本当になるほどなと、その時随分と参考になったお話でした。そちらの内容を少しだけ書いてみます。

 

深見東州先生は、空海の著作も多く読まれているようですが、高野山に行った時に、空海の言行録を購入し読んでみたところ、その内容にいたく感動したそうです。

平安時代に、空海に手紙で悩みを相談した、ある宮仕えの人がいたそうです。今でいうならば、上司にあたる人がとんでもない人で、こんな人の元で仕えるくらいなら、いっそ宮仕えをやめてしまって、田舎に帰ったほうが良いのではないかという悩みだったようです。これと似たようなことは、現代でもたくさんあると思います。会社を辞めようかとか、転職を考える人は、今の世の中にもたくさんいますので、何らかの参考になるかと思います。

 

それに対する空海の返事ですが、まず、相手の気持ちをよく慮った後、仏教の教えについて語ったそうです。それは、仏教における「和光同塵」と「同時」の教えについてだったそうです。

仏様の教えはあまりにも輝いて眩しすぎ、また知恵が深すぎるので庶民にはわからないし、近寄りがたいようです。なので仏様は、その光を和らげて、薄暗いところに住んでる人にもまぶしくないようにしてあげて降りてくるそうです。そして、塵芥のような人というと失礼ですが、そんな人のところには、同じような塵芥のような煩悩にまみれた姿となって現れ、導いてくれるそうです。これが和光同塵の意味です。

それと似た意味合いを持つものが「同時」です。人間と一緒に仕事をしながら導いてくれるようなことを指します。例えば、観音様は、将軍を導くときは将軍の姿となって現れ、子供を救うときは、同じ子供の姿となって現れ導いてくれるそうです。相手と事を同じくして、同じ立場になって導く方が、かえって相手の方も納得できるからでしょうね。わかる気がします。高い立場から一方的に言うよりも、同じ立場で一緒にやりながら、同じ悩みを持ちながら、自然と導く方が、相手は親しみを感じるし安心するし、素直に受け入れる事ができるように思います。反面、時間がかかりそうですし、相手の立場になるということは、相手の苦しみや悩みを理解できるとともに、理解しすぎるがゆえに、かえって厳しく言えなくなり馴れ合いになるかもしれません。そこは忍耐と知恵がよほど深くないと、できない事でもありますね。だから観音様は、大慈大悲と言われるように、母親のようにどこまでも慈しむ大慈と、子供のためを思って厳しい試練を与え、心では悲観している父親の大悲の両方を持っているのです。

そのように、導いてくれるのが観音様ですが、それは慈悲が大きいから、そのように「同時」「和光同塵」で導かれるそうです。

 

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これを、先ほどの空海に悩み相談した例に当てはめると、とんでもないことを言う人にでも、そうですねと同調して、一緒にやってあげる。自分の知恵の方が賢いとか、そういうことは出さずにやるわけです。しかし、そうすると、都合の悪いことが出来するはずですから、このままでは、まずいですよと言いながら、こうしたらどうでしょうとか、一緒にやりながら自然と導いていくわけです。これは、とても素晴らしいことだと思います。そのように空海は相談してきた人に、仏様でも、そのようにして相手を導いているのですからと、諭したのでしょう。くれぐれも早まらず、宮仕えを止めたりせずに、そのようにしていくことを勧めたのでしょう。

これは、現代の我々の社会にも、大いに応用できることです。そのままあてはまることも多いでしょう。ただし、それをやるには優れた知恵が必要だと思いました。同時に忍耐力も必要だと思いました。つまり、それだけ大きな慈悲の心を持たないとできないことだと思います。
しかし、そうやっていくことが、人としての大事な修行なのかもしれません。器を大きくし、観音様のような自在な人間になっていくための、修行になるのでしょう。

 

最近、たまたまイチローの世界最多安打のことで、世間が賑わっています。そのイチローのインタビューを読んで、イチローは人間が大きいなと思いました。観音様のような人かもしれません。

イチローは、あれだけ超ビッグな存在になっていますが、全く普段と変わりなく、黙々と誰よりも早く練習に来ています。まるでプロになりたての新人選手のように、奢ることもなく、夢を持って練習に励んでいるのは、これは一流選手でも、できることではないと思います。

そして今回、イチローの記録達成に良い思いを抱いてないと言われるピートローズに対しては、彼の立場を、前人未到の記録を打ち立てた同じ選手にしかわからない立場から、誰よりもよく理解しているように思います。だからと言って、喜んでいるファンの期待を裏切らないように、一緒になって記録達成に喜び、それを快く思わないピート・ローズのことは、彼が喜んでくれてれば全然違う。でもそうじゃないっていうふうに聞いているので。だから僕も(記録に)興味がないと言ってました。これはなかなか言えない言葉だと思います。

さらに、「いつかアメリカで、ピート・ローズの記録を抜く選手が出てきてほしいし、それはジーターみたいな人格者であることが理想ですし、もっと言えば、日本だけでピート・ローズの記録を抜くことがおそらく一番難しい記録だと思うので、これを誰かにやってほしい。」と言ってました。

これは皮肉というよりも、ピートローズの素晴らしさを引き出してあげようという、無意識の発言のように私は感じました。ピート・ローズも意固地になってると、せっかく偉大な記録を持っていても、人格的には尊敬されないでしょう。そして、偉大な記録を持つ人は、影響力も非常に大きいわけですから、人格者であったほうが良いと、諭してあげたのでしょう。これは他の人がピートローズにいうよりも、何より同じ立場にいるイチローがいうのが一番良いなと個人的に思いました。

ということで、話は大リーガーの話にまでなってしまいましたが、今週の「深見東州のぜんぶ私の歌、私の話」では、社会人として大切なことをたくさん話されてましたので、6月17日のお話をオンデマンドで聞かれることをお勧めします。

 

「深見東州のぜんぶ私の歌、私の話」6/17

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