toggle
2015-10-11

ワールドメイトで学んだ、寛容と忍耐の大切さ


ワールドメイトの深見先生のお話の中には、愛と真心が大切という話がよく出てきます。宗教に、愛と真心が大切なことくらいは、どなたも納得がいくと思います。別に神仏を信仰してなくても、人間は愛と真心が大事だと思う人も多いでしょう。

ワールドメイトでは、愛と真心が大事なこともですが、その前に忍耐と寛容が大事であることを言われます。いくら愛だ真心だと言っていても、実際には対人関係でのトラブルが多い人がけっこういます。本人には愛も真心もそれなりにあるのですが、なぜ人と争うかというと、結局忍耐力がなく、そして寛容の精神がないからなのでしょう。

何にでも寛容であればいいとは言いませんが、しかし非寛容な人で、人の過ちを許せないような人が、いくら愛だの真心を大事にしていると言っても、それは信じられないでしょう。やはり愛情深いなと思える人は、皆、寛容な心を持っていると思います。人を許せるだけのおおらかな寛容の心を持つ人であって、はじめて愛や真心が本物になるのだと思います。

忍耐というのも、なんでも忍耐ばかりするのが良いとは思いませんが、しかし忍耐力がないと、すぐにケンカになってしまうか、相手と仲良くすることができなくなるのは必至でしょう。それではとても愛と真心を大事にするどころではありません。そのような人の愛と真心は、あくまでも忍耐の必要がないときに発揮できる愛であり、寛容な心を必要としない場面においてのみ、実行できる真心になるでしょう。それでは愛と真心がある人だと誰からも思われないでしょう。

愛の多くは忍耐を必要としたあとに、寛容の心が必要なときに、そのあとに発揮されると思います。許しがたい行いに耐え、それを寛容の心で許して、そして出てくる愛や真心に人々は感動するし、本物の愛だと思うのではないでしょうか。ネルソン・マンデラのように長年人種差別に耐え抜き、そして黒人を迫害をしていた白人たちを許し、愛を発揮して和解につとめ、双方が生きる形で平和をもたらした行為に、人々は本物の愛と真心を感じて感動し、賞賛するのだと思います。

恋愛感情のような限られた愛であっても、すぐにキレてしまうような人では、とても愛を全うすることはできません。寛容の心がなければ、すぐに相手と別れてしまうことになるでしょう。その愛は、本物ではなかったということになります。ましてや普遍的な、対象が大きな愛になると、もっと愛を保つのは困難になるでしょう。恋愛感情の場合であれば、少し頭を冷やせば、相手を愛しているゆえに、また仲直りできるかもしれませんが、広く色々な人に対して発揮する愛や真心になると、一度忍耐ができなくなると元には戻せなくなります。寛容の精神が発揮できなければ、愛そのものを発揮する機会を失います。

喧嘩

世界において、他宗教や他民族への寛容と忍耐を失った人々は、宗教の名のもとに平気でテロ行為を行ったりしています。宗教を信じるのであれば、愛が大事なことはよく知ってるはずなのに、そうなってしまいます。極端な例かもしれませんが、宗教を信じているとは思えないような行為であり、そこに愛があると思う人は誰もいないでしょう。愛と真心は寛容と忍耐に支えられて、はじめて本物になると言えるのでしょう。

ただし、なかなか実行するのは難しいことです。私も、寛容と忍耐が足りないと、いつも感じることが多いです。愛と真心も足りていませんね。でも、足りないながらも、進むべき方向性がわかっていれば、日々進歩していくことは可能でしょう。そう思って、あきらめることなく磨き続けていけば、やがて素晴らしくなると思っています。

ところで寛容と忍耐が身についても、それだけでは最高の愛と真心を発揮できるとは限らないそうです。ワールドメイトで言われるには、愛と真心が本物になり、より高級に完成するには、そこに叡智がいるそうです。優れた知恵が必要なのだそうです。

たしかにいくら愛があっても、紛争が解決するとは限りません。またネルソン・マンデラの話になりますが、マンデラが釈放された後、歴史的な和解と赦しによって国を治め始めた時、それでも長い間お互いにいがみあってきた白人と黒人が、そう簡単に仲良くなれるはずがありませんでした。そこでマンデラは悩みますが、その打開策となったのは、ラグビーというスポーツの力だったことは、映画にもなったくらいの有名なお話です。

奇しくも南アフリカのラグビーチームに、先日のワールドカップで日本が初勝利しましたが、当時の南アフリカラグビーチームはほぼ白人だけのものでした。そこからラグビーW杯を南アフリカに招致し、黒人たちにも理解を得るべく融和につとめ、低迷していたチームが蘇り強豪を撃破し、黒人も白人も国民がひとつになって、とうとうラグビーW杯の優勝をつかみます。

ラグビーというスポーツの力で、アパルトヘイトの残る憎しみの壁をぶち壊し、国がひとつになったのでした。これはネルソン・マンデラの国を愛し平和を愛する悲願の結果ですが、知恵がなくては、とうてい国が一つにまとまることはできなかったでしょう。その知恵の元となる閃きと知的な判断力があればこそ、最高の結果が生まれたわけです。いくら愛が大きくても知恵がなくては、空回りしたかもしれません。

やはり、ワールドメイトで深見東州先生が言われるように、愛と真心は寛容と忍耐で本物になり、さらに叡智が備わることで最高に発揮できるわけです。そこまでできる人は、神のような人なのかもしれません。少なくとも神様が動かれる人なのだと思います。

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA