人というのは、「あの人のことが大好きだ~」と思っては心を悩まし、「あいつの言うことはいちいち腹が立つ」と怒りの心を持ったり、「みんなに良くしてもらったから、頑張って恩返ししよう」と、感謝の気持ちや前向きな心になったり、始終さまざまな想念が出ています。

それは心の世界の動きですが、それとは別に感覚や感性の世界というのがあるそうです。色鮮やかな花を見たとき、壮大な大自然に触れた時、思わず感動した経験が誰でもあるかと思います。そういう時は素晴らしいとか、美しいと言う言葉の前に、どこかが反応していると思います。

あるいは、私がワールドメイトに入会する前のことですが、ある神社の前を通ったとき、わけも無く立ち寄りたいと感じたのか足を運んでいました。あとから考えると、そのあとワールドメイトに巡り会ったので、神社の神さまの導きだったのだろうなと思っています。

あるいは絵画でも音楽でも芸術的なセンスがある人は、なにかヒラメキがあるのか、良い作品を仕上げます。とっかかりは、入念に深く考えたあげくにやってるのではないと思います。たとえば、ビートルズのポール・マッカートニーは20世紀最高の作曲家だという人が多いですが、ポールの名曲、「イエスタデイ」は、朝起きた瞬間に、すべてのメロディが頭の中に浮んでいたと言います。

あるいは虫の知らせもそうかもしれませんが、なんとなく今日は、車で行くのが気が進まないから電車にしたところ、事故で大渋滞に巻き込まれるところを助かったとか、そんなこともあります。

要するに芸術的な感性、信仰心という感性、感覚というものが、心とは別に人にはあるようです。

 

ワールドメイトは神道をベースにしてますが、この神の道、神さまの世界というのは、そのような感覚と、もうひとつは現実を大事にすると言われています。現実とは、すなわちどのような行動したか、何をやってきたのかという足跡ですね。その現実と感性を大事にするのが神道です。

そしてはじめに書いた「心」の世界とは、この現実と感覚の間にあって、どちらにも影響をあたえているのだそうです。たとえば、失恋して、死にたいような気持ちのときには、あまり芸術的なひらめきなど出てこないでしょう。逆に、好きな人とデートの約束ができた時は、嬉しくて、ふだんは親切じゃないのに、急に人に親切になったりするかもしれません。現実の行動も、理屈ではない感覚の世界も、いずれも心の持ち用に大きな影響を受けるので、そういう意味では「心」はとても大事です。心の悟りというのか、仏教では、この、心のありよう、(心の)悟りをとても重要視しているといえます。

 

しかし神さまの道、神さまの世界では、最終的に現実が大事だということです。ワールドメイトでは、その現実を良くするために心も大事にするのですが、最終的になにをどれだけ実行したかと言う足跡が大切だと言われます。たとえ優しい心を持っていて人の力になりたいと思う気持ちがあっても、それが現実の行いとなって実際に人を助けたり、喜んでもらえる行動に出てこないようでは、本物とは言えないわけです。昔流行った言葉に、「同情するなら金をくれ」というのがありました。かなり露骨な言い方でしたけど、グサッと来るところをついてます。

 

家なき子

 

たしかに人は、かわいそうな人を見ても、同情はするけど、お金を出すことまではなかなかしません。お金でなくても、体を使ってできることでもよいのですが、往々にして気持ちとセリフだけで終わる場合がほとんどでしょう。

しかし、東日本大震災のときには、多くの人が実際に寄付をしたり、ボランティアで活動していました。もちろん、人それぞれに環境や立場が違うので、やれることもやれる範囲も違ってきますが、要するに行動として何も出ないうちは、本気だと見なしてくれない、真実とは見なしてくれないのが神さまの世界なのでした。

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