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ワールドメイトとはどのような団体か


プロローグ

ワールドメイトのことを説明するのは、ワールドメイト会員にとっても決して簡単なことではありません。まずは、教祖としてワールドメイトを導いてこられた深見東州先生のことを知ることが、理解への早道かと思います。そこで、ワールドメイトの活動を紹介する前に、深見東州先生の様々な活動が、神様への信仰とどう関わっているのか、そのあたりから入って見たいと思います。

まずは、プロローグとしては少々長くなりますが、こちらから読んでみてください。

▶︎ワールドメイトは新しい時代の天啓宗教?

 

深見東州先生は、出口王仁三郎2世と言われています

深見東州先生は、生涯の師となる植松愛子先生に25歳の時に出会われ、その後ワールドメイトを設立されるに至ります。その出会いは、まるで出口王仁三郎と出口なおとの出会いのようでもあります。

さらに深見東州先生は宗教の範疇を超え、複数の分野においてインターナショナルに活動をされています。そして高い芸術性を発揮されていることから、出口王仁三郎2世とも呼ばれています。

さらに詳しく知りたい方は、こちらを読んでみてください。

 

▶︎出口王仁三郎と深見東州

 

ワールドメイトの公益活動について

ワールドメイトが行っている福祉活動など、公益活動について紹介します。

ワールドメイトの公益活動では、シアヌーク病院の建設と運営、バッタンバンでのワールドメイト救急病院の支援、ワールドメイト未来の光孤児院の支援、クメールルージュ被害者の救済、カンボジア大学の建設と支援などが有名かと思います。他にも、ワールドメイトで支援してきたものが、幾つかあります。

そして深見東州先生は、ワールドメイト以外でも、複数の団体やご自身で創業された会社などを通じて、福祉活動や公益活動に取り組んでこられています。

2016年のワールドメイトのホームページを見ると、ワールドメイトの会費収入は、年間約10億円あると書かれていました。その10億円を、そのまま弱者救済のために使われるそうです。それらの活動は、カンボジア、ラオス、アフリカ、中国、イギリス、アメリカ、豪州、日本など、世界に広がっています。また、障害者のための世界的福祉にも使われ、スポーツや芸術でも、弱者救済の局面に使われるとのことです。

そして、会費以外の、通常のワールドメイト会員のお玉串で、組織を運営し、文化、芸術、スポーツの振興を進めていると書かれています。そのようにして、会員数が増えれば増えるほど、確実に弱者が救われる仕組を作られています。

その福祉活動への取り組みの考え方については下記の内容を御覧ください。

 

▶︎ワールドメイトと深見東州 (半田晴久) 先生の福祉活動の原点

 

具体的な詳しい活動については、下記の記事を参考にしてください。ワールドメイトが行ってきた福祉活動の中でも最も大きなものは、内戦で傷ついたカンポジアでの、シアヌーク病院の建設と支援でした。

 

▶︎ワールドメイトとシアヌーク病院

 

同じくカンポジアでは、孤児たちへの支援も行なっています。

 

▶︎ワールドメイト未来の光孤児院への支援

 

ワールドメイトの教えとは、学びとは?

これは、なかなか簡単には書けません。

まずワールドメイトとは、何を学ぶところなのか?
どんなことを教えてくれるのか?

学校の勉強とは違いますから、そこを少し理解する必要があるでしょう。あまり、難しく考える必要はないと思います。
こういう学びもあるんだなと、そうやっていくうちに、だんだんわかってくると思います。

でも、すべてが、生活や仕事や人間関係のような卑近なことにまで役に立つ内容なので、人によっては人生が激変するかもしれません。あとはその人次第というところでしょうか。

私の文章力では表面的なことしか書けませんが、下記の内容は、教えの考え方について、多少でも参考になればと思って書いたものです。

 

▶︎ワールドメイトで何を学ぶ?

▶︎禅とワールドメイト

▶︎2016氷見でのワールドメイトのご神業

 

ワールドメイトの祈りの神法

ワールドメイトに入会して、何が良かったかというと、その一つは間違いなく祈りのやり方(神法)を教えてもらったことでしょう。

これは、深見東州先生のお話を聞かなかったら、永遠に分からなかった内容だと断言できます。これだけでも、一生の宝物になります。でも、決して複雑で難解なものではありません。

もちろん、祈りが初めての人にとっては、習得するまでに、多少の経験を積む必要があります。すでに、ある程度祈りの経験を積んでいる人は、一度でも、かなりのレベルで習得する人もいると思います。

「神社に行って祈ったけど、一度も願いが叶ったことなんてない」という人に、ぜひ知ってもらいたいです。なぜ叶わなかったのかも、よく理解できると思います。

誰にでもわかるレベルにして教えられる深見東州先生にも感心します。体得されているから、わかりやすくお話しできるのでしょう。この内容は、神法悟得会入門編として、ワールドメイト会員ならだれでも受けることができます。

もう少し詳しくという方は、以下の内容も参考にしてください。

 

▶︎ワールドメイト神法悟得会入門篇

▶︎ワールドメイトで学んだ神社での祈り方

深見東州先生談
「入門篇は、ご神業を進めるなかで基礎中の基礎の内容です。だけど、その『基礎』が一番難しく、かつ重要なのです。全くゼロからご神業を始めようという人に、一番重要なことを、簡単に、しかも誰もが実践できるように体系づけて伝えることは、本当に難しいものです。
私も、この入門篇の『必ず通じる祈り』の法則がわかるまでに、二十年かかりました。ここでお話しする内容は、私が試行錯誤してようやく悟得した『絶対に神仏に通じる祈りの方法』です。法則、ポイント、コツ―― 何事もマスターするのはそれが大切で、これがわかればいっぺんに上達するのですが、知らなければ永遠にわからないままなのです。」

 

ワールドメイトの救霊

ワールドメイトに入会して、深見東州先生の大救霊を受けた後、人生が素晴らしい方向へと変わっていった人はとても多いと思います。また、ワールドメイトに入会し、救霊を受けて人生が変わったと、ワールドメイト会員はよく言います。かくいう私もその一人です。

ワールドメイトの救霊は、少しばかり巷で言うところの除霊とは違います。詳しくは、下記のリンクをクリックして、読んでみてください。

 

▶︎ワールドメイトの救霊

 

ワールドメイトが創設されるまでの歴史

深見東州先生の幼少時代から、ワールドメイトができるまでのエピソードを、著作「心の金しばりがとける本」などの書籍、また、新聞、週刊誌などに書かれている内容と、ワールドメイトで聞いた内容から、まとめてみました。

 

深見先生学生時代

深見東州先生の幼少時代

深見先生のお父様は、特攻隊上がりの正義感の強い方で、戦争中、一週間後に出撃という時に終戦を迎えたそうです。復員後に深見先生のお母様となる方と結婚され、上官よりかねてから学歴が大事だと聞かされていたこともあり、勉強を始められます。そして関西学院大学の経済学部に首席合格され、2番で卒業するほどの優秀な頭脳を持っていらっしゃいました。ところが、在学中に左翼思想に傾倒し、学生運動に明け暮れます。無罪にはなりましたけど、一度未決の牢屋にも入られています。今では、笑いながらお話しされますが、その頃母親のお腹の中にいたのが深見先生だったそうです。ですので、格子戸を見ると、どうも腹が立つんですよねとか、胎教が悪かったんですねと、よく冗談を言われます。それで大学3年の時に深見先生は誕生されます。1951年3月18日のことです。当時、お父様は学生自治会長などもされていたそうですが、子持ちで左翼であることが災いしたのか、卒業後、企業への就職がままならなかったそうです。お父様は政治家の秘書になられますが、左から右まで経験して両方に絶望し、その後政治家を目指して立候補したものの次点で落選されます。それは深見先生が高校2年の時のことです。

 

深見先生が小学校の頃の話に戻りますが、お父様は元来気性が激しい方で、お母様もひどい目にあい、苦労され、家庭内は争いが絶えなかったそうです。頭が良く、ケンカに強く、超ワンマンで商家の悪習である飲む打つ買うだったそうなので、まともに家で食事もしたことなく、お父様から逃げ回っていて、一家団欒などは、ほとんど経験したことがなかったそうです。深見先生は、普通の家庭が羨ましかったと本にも書かれていました。そして、いつも「母を助けてください」と真剣に神様に祈られていたそうです。また、妹や弟のために祈られていたそうです。深見東州先生の祈りの習慣はそこから始まったとのことです。ただ、深見先生のお母様は信心深い方で、そういう環境だっためか、世界救世教に通うことになります。しかし、お父様は、「宗教は阿片だ」と言われて、全く許してくれない状況だったとのことです。そして小学校5年の頃、お母様が深見先生のために、お守りをもらってくれることになったそうで、深見先生はそれが無性に嬉しくて嬉しくてしょうがなかったそうです。すでに、天命を無意識のうちに自覚されていたのでしょう。ところが、お父様が、お母様が身につけているお守りを引きちぎってしまわれたために、深見先生のお守のお話しも中止にしたそうです。それが悲しくて3日間も泣いた記憶があると、本には書かれていました。

深見東州先生の中高時代

深見先生の中学1年の頃のエピソードに、日記に、「昔の偉人たちは皆人類のためになる遺産を残して死んでいった。この世には、その遺産がどんどん増えていくのだから、未来はきっと理想の素晴らしい世の中になるに違いない」という意味のことを書いて、学校の先生から感心されたというものがあります。何も偉人だけではなく、普通の人でも、これだけは残したいと思って取り組んでいる人は多いです。だったら、そういう良いものがどんどん積み上がっていけば、良いものが集まった世の中になっていくはずで、それで単純に、いつか必ず人類の理想の世の中がやってくると思ったそうです。
確かに中学生で、そこまで思うのは珍しいでしょう。余談ですが、私も小さい頃、漠然としたすばらしい世の中になっている夢や想いを描いてたことを思い出しますが、言葉や文章でそれを人に伝えるなんてことは思いもよりませんでした。少年少女の時期に、そういう理想の世界を夢みていたという人は、ワールドメイト会員にもいますけど、根拠があるわけではないので、やはり人には言わなかったようでした。

 

高校入試の前までは、深見先生は家庭の不和もあったのでしょう、あまり家に寄り付かず外での遊びに夢中になっていたそうです。このころの深見先生の楽しい遊びのエピソードは、ワールドメイトでのお話にもよく出てきます。そして、中学の先生に、「君が合格するなら、全員が合格する」などと言われてしまったそうです。学業は最下位に近い成績だったそうですが、その言葉を聞いた深見先生は、「皆が合格するためには、自分が合格しなくてはならない」と、考えたそうです。ものすごい前向きな考え方に驚きます。さらに、考えるだけでなく、実行に移し、上位にまで成績が上がったそうです。その結果、県立鳴尾高校に入学することができたそうです。

 

そして、いよいよ高校に入学したその直後の、深見東州先生が15歳の4月8日、お釈迦様の降誕日ですが、世界救世教に入信されます。深見東州先生の宗教活動の始まりです。きっかけは、家庭もよくなるし、健康にもよくなるよと、支部長さんに言われたからだそうですが、小さい頃から、神様のことが大好きで大好きで、神様なしでは生きてはいけないとさえ思っていたそうです。悩みも一人で神様に向かって祈っていたそうですから、私のような信仰力とは、根本的に土台から違うと思いました。
そうして、その時に深見先生は、神様の道しかないと自覚されたそうです。そして神の道を貫き、世の中を良くして理想社会を実現したいと決心されるのです。

ワールドメイトへとつながる信仰の道

そして、世界救世教のお守りである「お光」を授かったそうですが、翌日に胸に激痛を感じ教会に駆け込んだそうです。すると、その胸のお守りを外した部分の皮膚が、ちょうど火傷のように赤く腫れ上がっていたそうです。これも不思議な宗教体験の一つだと言えます。

 

さらに、このころの教団には、他でもそうだと思いますが、人の嫌がることが最も功徳が高いという教えがありました。ですので、深見先生は毎朝登校前に、必ず支部に寄って便所掃除の奉仕を行ったそうです。そうするうちに、ある日妹さんの手にイボができて悩んでいたそうですが、イボイボ移れみたいなことを深見先生がやってると、本当に妹の手からイボが消滅し、代わりに深見先生の手にイボができたのだそうです。とても痛かったそうですが、3か月くらいすると、突然消えてしまったそうです。これは、その奉仕活動をやっていた功徳だと思い、感謝されたそうです。深見先生は、高校では生徒会の活動が忙しく、支部では学生部を結成して熱心に活動されます。そして、これもワールドメイトで何度も聞くお話ですが、年4回の熱海の聖地参拝をやり遂げられます。高校2年の頃のお話です。ちょうどその頃は、お父様が選挙に落選した直後でずっと家にいるという状況で、家計が火の車の時期だったそうです。そして神様なんて非科学的なことは言うなと、お父様の厳しい視線の中での決行でした。深見先生は、それが神様に対する義務だと純粋な気持ちで、絶対に行かなければと思っていたそうです。

 

余談ですが、その当時、深見先生が小さい頃からずっと使わずに貯めていたお年玉を、お母様に黙って使われてしまったそうで、とってもショックでしたと、笑いながら言われていました。今年2016年のワールドメイト正月神業で、初めて聞いたお話でしたが、私も、同じ経験があるだけに、可笑しくなってしまいました。余談でした。

それで聖地参拝はどうなったかというと、奉仕活動を続けていけば、なんとか行けるようになると信じていたそうで、1回目はお金をお母様が工面してくれたそうです。あとは、恐いお父様に見つかると大変な目にあうので、それをどうするかで、とにかくひたすら移動中に祈り続けたそうです。絶体絶命の中から絞り出すような祈りで、神様がいるのなら、絶対に見つからないようにしてくださいと、魂の底からの祈りだったのです。ギリギリまでやるだけの努力をした上での、この、絶叫するような祈りだったのでしょう。それが神に通じたのでしょう。家族の機転を利かした連係プレーが功を奏し、非常に直感の鋭いお父様が弟さんを深見先生と思い込んでしまったのでした。

それで、1回目は大成功しました。ところが2回目は、お金が捻出できずに、行くことができない状況になります。しかし、ますます熱心に奉仕活動をされた深見先生に、ついに出発の3日前になって奇跡が起きます。それは、女性の支部長さんが、深見先生の熱心に毎日お祈りをする様を見ていて、私には子供がいないから、あなたを自分の子供だと思って、行かせてあげますと、旅費を下さったそうです。もちろん、深見先生のその時の大感動は言うまでもありません。そうやって、とうとう4回の聖地参拝を高校2年生でクリアしたのでした。これで信仰力に、自信を持たれたそうです。この体験談は、ここでは簡単に書いていますので、あっさりと感じるかもしれませんが、ワールドメイト会員でも、ここまでのものではないですが、似たような経験を積み、奇跡としか思えない体験を多くの人がしてきています。

浪人生活を経て、大学へ入学

スポーツニッポンに連載された、ご自身の半生を語られた「アカスリ半田劇場」によると、鳴尾高校時代は、生徒会に入って活動されていたそうです。同時に書道部にも入り、のめり込んでいたとのことです。そのきっかけは、一通のラブレターを女子生徒からもらったことから始まります。素敵な人だったそうですが、便箋8枚に綴った返信には、相手からの返事はなく、フラれてしまったのだそうです。もっとスマートに、お茶にでも誘うとかすればよかったと言われてましたが、その時に文章力の無さと字の汚さを感じ、日記を書くようになり、また、綺麗な字をかけるようになろうと思い書道を始めたそうです。

しかし、字は上達したものの、大学試験には失敗され、浪人生活が始まります。そして、この辺りの時期には、いろいろなことがあったようです。まず、深見東州先生の熱心な活動をみた世界救世教の教会長(支部長の上に立つ人)が、深見先生を教会直属にするよう支部長に命じたそうです。それまでの女性の支部長さんは、神様への純粋な信仰に全てを捧げているような、神様が全てという人だったそうです。そして、この男性の教会長は、もっと広く社会性を持った考え方をされる方だったようです。それで深見東州先生に対し、「神様、神様というのもいいけれど、日常の生活が基本ですよ。あなたには、お父さんとの葛藤があるようだけど、まず家庭をよくしなければ」と言われたそうです。先は長いのだから、学生であるうちは勉強をしっかりして、そして親あっての自分なのだから、親孝行しなさいと諭されたそうです。

この教会長の言葉には、ガツンと頭を殴られたような気持ちになったそうです。家族のために神業をやっているつもりだったのに、結果的にそれがお父様の神経を逆撫でしてしまい、新たな対立の火種になってしまっていること。そして反発ばかりして、親孝行などは何もしていないと。ミロクの世という、理想の世界を作るんだという夢に生きてきたけど、一番身近な家庭での争いと葛藤の原因を作っているのが自分であると気がついたそうです。人類全体の幸せといっても、その一歩は自分の家庭からだと気がつき、それ以降、お父様から何を言われても逆らわず、素直にいうことを聞き、頭を下げるようになったそうです。

それでお父様も、息子の態度がガラッと変わったのでさすがにおかしいと思い、その理由を聞いたそうです。それで深見東州先生は、その教会長のお話を聞いて心を入れ替えたことをお父様に話されたそうです。すると驚いたことに、こんな素直な良い息子になってくれたのは初めてだと、お父様が大感激され、「お前がそんなにいい子になるようなところなら、わしも信心させてもらわなきゃいかん。そして教会の先生にもお礼を言わんとな」と言われて、驚いたことに入信されたのでした。

そして、熱心に活動をされていたそうですが、その教団で大きな裁判ごとが起きた時に、義侠心の強いお父様はその渦中に入り、良かれと思ってしたことが、逆に悪人にされてしまったそうです。それで、嫌な形で辞められることになったとのことです。深見先生の信仰心は何があっても変わりませんが、お父様は宗教団体の嫌な面を見たとのことで、こんなことに引っ張り込まれたのもお前のせいだということで、再び第2の迫害が始まります。しかしもう、深見先生がお父様を憎むことはなかったそうです。

 

それから、もう一つ大きな出来事として、大本との出会いがありました。
そのきっかけは、お母様が病に伏されたことに始まります。医者の診断では、どこといって悪いところもないということで、他の人から医者の範疇ではないのかもしれないとのアドバイスもあり、大本の宣伝師のことろに出向き、お取次をしてもらったそうです。するとたちまち病状が回復したので、お礼にと、その宣伝師の師匠に当たる松本マツ子氏を尋ねたそうです。松本マツ子氏は、大本屈指のシャーマンと言われていた有名な方です。

松本マツ子氏は出口王仁三郎、出口すみ、出口日出麿と仕え、第2次世界大戦中は、牢屋に収監されていた出口王仁三郎からの、「6大都市はすべて空襲で焼かれる。大本信者は皆、即刻疎開するように知らせよ」との命を受け取り、奔走したこともあります。そのため多くの信者が救われています。

不思議なのは、深見東州先生が大本の神戸分苑を尋ねる前、当時、全国を回って布教活動をしていた松本マツ子氏に、出口直日3代目教主が、神戸に分苑を作りなさいと命じられたことです。理由は一切聞かないでと言われ、なぜ神戸に分苑を作り、神戸地区を受け持つことになるのか松本マツ子氏もわからないまま、そうされていたそうです。しかし、それがあったために、深見東州先生にとっては、大本屈指のシャーマンである松本マツ子氏との出会いがあり、そこで多くのことを直接学ぶことができたのでした。

その後も、出口京太郎氏から、「大本の中にも、狐だ、タヌキだ、霊だと言っている人がいるが、いつまでもそんな話をしているようじゃ本当の宗教とは何かを見失ってしまうよ」と諭されたことがあるそうです。その言葉で、男性的な広くて大きな宗教的社会性に目覚められたそうです。大本との繋がりは、大学を卒業した後も、しばらく続いたそうです。

 

それから深見先生が大学受験に失敗して神戸で浪人生活を送っているとき、高校時代に深見先生をフッたあの女性と再会して、また近づいてきたそうです。ところが突然結婚してしまい、またフラれてしまったそうです。それで深見先生は、周囲も驚くような読書家に変身してしまいました。悶々とした葛藤のために、哲学や文学に目覚められたのかもしれません。一日一冊読むほどの勢いで、浪人時代に読まれていたようです。

 

ここまでの深見先生の学生時代の信仰体験やお父様との相克は、本当はこんなものではなく、もっとものすごいことがたくさんあります。ただ、ここには書けないような内容なので割愛しています。

感じるのは、お父様との間における、あられもないような葛藤、苦しみ、試練を通じて、深見先生の不動の信仰心が出来上がっていったのではないかと思います。そして、そのように厳しく鍛えられたおかげで、常識の世界でも相手を納得させることができる神業の姿勢を身につけられたそうです。深見東州先生は、常識の社会に通用するようでなければ、神様ごとをやってもなんの意味も無いと言われます。現実世界に通用しない神様狂いなんかになったら、社会的にダメになるのがオチであると言われていました。本当にその通りだなと感じます。

そして、大学時代、社会人になったあとも、まだまだ深見東州先生への試練はうんざりするほど続きます。あたりさわりのない部分だけしか書いていませんので、理解しづらいかとは思いますが、深見東州先生は、それらを全て神様の大愛による神鍛えと受け取っておられます。

同志社大学時代、ESSでの活動

生まれ育った西宮を離れ、京都の同志社大学に入学されますが、そこでもお父様の強引な命令によって、英会話研究を行うESSに所属することになりました。本当は日本文化を、大学で学びたいと思っていたそうです。しかし結果として、この時に学んだ英語の実力が、のちの深見先生のインターナショナルな活動を大きく支える力になっていきます。

深見東州先生はESSでの活動を運命と悟り、全てに徹底的に活動されました。3年の時には委員長(プレジデント)を務めることになり、400人の部員をまとめて、組織の改革を成功させます。ディベート、ディスカッション、スピーチなど、複数のセクションがあるそうですが、それら全てに率先して励み、かつ他の大学との交流でも大きな話題になるなど、今でも同大学サークルの伝説になっているそうです。

そして、そのあまりのエネルギッシュな活動ぶりや、深見先生の超人的な能力が学内で話題になり、何人もの人が相談にやってくるようになったそうです。ESS委員長時代には、 同志社付属女子高校のESSのコーチも引き受けられますが、その時の指導も適切だったのでしょう。普段は優勝を争うには遠かった女子高も、この年だけは当たり年で、全国英語弁論コンクールに出場する女子部員に、君は優勝するよ、君は3位になる、君は5位かなと予想したところ、その通りの結果になったというエピソードもあります。

そんなこともあり、深見東州先生のことを、本気で宇宙人にちがいないという人まで出てきたそうです。すでにこのころから、深見東州先生の超人的な能力の一端は発芽していたのでしょう。

この時代もたくさんの驚くようなエピソードがありますが、残念ながらこれだけで、他は割愛いたします。

大学卒業後上京、植松愛子(橘カオル)先生との出会い

建設会社に就職して東京に出てきた深見東州先生は、1年目からメキメキ頭角を現し、驚異的な営業努力で受注を取りまくり、トップ営業マンに躍り出ます。その営業のやり方は、菱研会員には特にたくさんお話ししてこられましたが、度胸と根性の塊のような営業であり、しかもよく研究されていることに驚きます。ここでは詳しく触れませんが、興味のある方は、深見東州先生(半田晴久)著作のビジネス書を読んでください。実践的な内容に、信仰が生かされた最強の営業方法が書かれています。

それで、深見東州先生の凄いところは、実は仕事の能力だけではなく、その合間に古今東西の重要な古典、古書、古文献をことごとく読破され、猛勉強されていたことです。さらに、銀座にある道院紅卍字会の事務所に出向き、そこでも求道研鑽に励まれます。

道院紅卍字会とは、ウィキペディアによると、『道教系の宗教団体「道院」に付随する修養慈善団体。戦前の中華民国及び満州において赤十字社に準ずる組織として活動した。略称として「紅卍会(こうまんじかい)」と呼ばれる』ところだそうです。関東大震災が起きた時、それがくることを予知していたかのごとく、真っ先に蓄えた支援物資を送ってくれたこともあるそうです。

現在、公益社団法人日本紅卍字会の名誉会長に、深見東州先生が就任されています。

 

この元となる道院という宗教団体は、これもウィキペディアによると、『主祭神 – 黎明期は、扶乩(フーチ、ふけい)に依る乩示(けいじ) を御信託とした天啓宗教で、修養方法等は道教の流れを汲んでいたとされている。宇宙の独一眞神を「至聖先天老祖(老祖)」とし、最上位の神体に準じて、老師(道教)、項先師(孔子の師、儒教の祖)、釈迦(仏教)、マホメット(イスラム教)、キリスト(キリスト教)とされており、加えて歴史的な聖賢哲人を祭祀する包括信仰団体である。一宗一派に偏せず万教帰一の思想とする。』ということです。

その道院は、出口王仁三郎の時代に大本と提携を結び、親密な関係を保っていました。それもあるのでしょうか、当時は日本中の霊能者のサロン的な観もあったようです。そこでは、国士舘大学教授への招聘を固辞し、道のために生きた道院随一の碩学である根本宏氏から、多くを学ばれます。そして、その分野においても圧倒的な頭角を現し、根本氏から、「もう私からあなたに教えるものは何もない。今度は、私があなたから教えられる番だ。山岡鉄舟を指導した滴川禅師が、鉄舟を指導する前と後では禅境が著しく激変したように、私もあなたを指導して大いに高められた気がする。君は『任天の導師』となる人に相違ない」と言われたそうです。

 

そうしてその数日後の、昭和52年の1月に、根本宏氏の仲介で、植松愛子(橘カオル)先生との出会いが訪れます。

この植松愛子(橘カオル)先生と深見東州先生のお二人の出会いが、ワールドメイトの原点と言っても良いかと思いますが、深見東州先生は植松愛子先生を生涯の師と仰ぎ、一方では、現実界一本の厳しいお父様に激しく鍛えられながら、この先もあられもないような苦労と精進の日々が続いていきます。この深見東州先生の若い修行時代のエピソードは、ワールドメイトでたくさん聞くことができます。今まで聞いたことがないようなことが多いです。しかし、極めて理にかなっているように思うのは、また、現実の生活に生かすことができるものばかりなのは、現実界の常識を、深見東州先生がビジネスを通し、お父様との関係を通して、嫌という程叩き込まれた体験を積んでこられたからでしょう。

実際にワールドメイトができるのは、この出会いから、さらに10年近くを経てからのことでした。

 

ワールドメイトに関するブログ記事(カテゴリー別)

ワールドメイトと神社、神様

▶︎ワールドメイトのおみくじを引く

▶︎ワールドメイトで学んだ神社での祈り方

▶︎ワールドメイトで知った神社のお祭りの意味

▶︎ワールドメイトで正しい金運神と言われる三面大黒天

▶︎ワールドメイトで正しい金運神と言われる蔵王権現

▶︎ワールドメイトで正しい金運神と言われる三宝荒神

▶︎深見東州先生の著作にある14の特選神社

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ワールドメイトと自然の脅威

▶︎ワールドメイト氷見神業で、いたく気がついたことは

▶︎東北地方太平洋沖地震のような災害は、できることなら二度と無いことを願いたい・・

▶︎世界の地震の2割は日本でおきている

▶︎ロシア・チェリャビンスクの隕石落下と、小惑星接近は偶然?

▶︎火山噴火のないのは東日本大震災だけ

▶︎たけしの富士山大研究「大噴火20XX」

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ワールドメイトと世界の動き

▶︎ワールドメイト氷見神業中に開催された伊勢志摩サミット

▶︎善悪を超えて、ワールドメイトで日本と世界のことを祈る

▶︎ワールドメイトで聞いたとおりに動いている気がします

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ワールドメイトと惟神の道

▶︎ワールドメイトで知った、現実社会を生き貫く精神が神道の特質

▶︎神道国際学会、神道とは何か

▶︎神道における中今の伝統的な思想

▶︎ワールドメイトで学んだ、最終的に大事なものは

▶︎ワールドメイトの深見東州先生が世界中から引っ張りだこの理由

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ワールドメイトの救霊と御祈願

▶︎深見東州先生による、ワールドメイトの大救霊

▶︎ワールドメイトの生霊救霊

▶︎最新の科学が、見えない存在に迫る

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ワールドメイトの教えと本質

▶︎SAPIOの、謎の教祖(深見東州先生)に怒涛の6時間インタビューを読んで

▶︎iRONNA「謎多き宗教家、深見東州とは何者か」を読んで

▶︎ワールドメイトで長年の疑問が解決

▶︎ワールドメイトは、どんなところなのでしょう?

▶︎ワールドメイトで知った先祖の実態

▶︎ワールドメイト学んだ、本当の学問教養とは

▶︎ワールドメイトで知った、神仏が最も戒めること

▶︎ワールドメイトで学んだ愛と誠とは

▶︎ワールドメイトで、ご神徳を授かるための法則を身につける

▶︎ワールドメイトで学んだ、寛容と忍耐の大切さ

▶︎ワールドメイト会員による、ワールドメイトの評判

▶︎ワールドメイトで学んだ、いつも神徳をいただける信仰力を身につけるために

▶︎ワールドメイトで、人間から見た幸せと、神様から見た幸せの違いを知る

▶︎ワールドメイトで知った、中途半端に霊的なものに興味を持つのがよくない理由

▶︎ワールドメイトは、世界共通の宗教観を実践する

▶︎ワールドメイトは時代を反映した宗教

▶︎

 

ワールドメイトの神祭事

▶︎2016年5月、ワールドメイト氷見神業でのお話

▶︎ワールドメイト正月神業での、「人は志す以上のものにはならない」というお話

▶︎ワールドメイト、クイーンズタウンでの節分神業

▶︎今年のワールドメイトの節分大祭はシドニーで

▶︎かけがえのないワールドメイトの御祭り

▶︎ワールドメイト・ゴールデンウィーク神業、鳴門でのお話

▶︎ワールドメイトの節分大祭の思い出

▶︎ワールドメイトのお盆の先祖供養とは?

▶︎

 

ワールドメイトの福祉活動

▶︎日本全国の児童養護施設の子どもたちへクリスマスプレゼント

▶︎ワールドメイト関西エリア本部と阪神・淡路大震災

▶︎ワールドメイトの東日本大震災における救援活動

▶︎深見東州 (半田晴久) 先生の人権に関する取組み

▶︎

 

ワールドメイト会員の証

▶︎ワールドメイトに入会して一番良かったことは

▶︎ワールドメイトの豆木祈願の証

▶︎ワールドメイトのお盆供養の証

▶︎

 

ワールドメイトで学んだ強運になるノウハウ

▶︎ワールドメイトのメルマガで、男女の傾向の違いを知る

▶︎ワールドメイトで、表現力の重要性を知る

▶︎ワールドメイトで学んだ「意識の壁」を破ること

▶︎深見東州先生のように潜在能力を発揮するには

▶︎ワールドメイトで学んだ泥縄方式

▶︎ワールドメイトの深見東州先生に学ぶ、トップのリーダーシップ

▶︎ワールドメイトで学んだ、人間だけが持っている大切なものとは?

▶︎ワールドメイトで学んだ、頭の中で良いイメージを作る努力を先行する

▶︎ワールドメイトで知った、やる気があろうがなかろうが、それでもやるのが義の心

▶︎ワールドメイトで学んだ、安全化思考で行かずにメジャーな道をつきすすむ

▶︎ワールドメイトで、心に刺さった一本の杭を抜く

▶︎ワールドメイトで知った、集中力よりも良きイメージを作るのが大切である理由

▶︎ワールドメイトでは、問題があるときは、神様に向かうチャンス

▶︎ワールドメイトで学んだ弱気を克服し、今の自分を変えていく方法

▶︎ワールドメイトでは、不幸になりようがない

▶︎ワールドメイトで知った、ものごとは変わり続けることが変わらない真実

▶︎ワールドメイトで祈願が叶う原則を学ぶ

▶︎ワールドメイトで学んだ神通力の原則

▶︎列子の逸話とワールドメイトの教え

▶︎ワールドメイトで知った雑用の大切さと、脳トレにおける雑用の効用

▶︎