ワールドメイトに入会し、自分にとって本当の幸せとは何なのかがわかるようになる

今年は新天皇即位の年にあたるためか、以前よりも神道のことが、マスコミや巷で取り上げられることが増えたように思います。

そして、今年はラグビーワールドカップの開催など、普段に増して海外からの観光客が増えていますね。そんな海外の人たちと話す機会がある日本人も多いと思いますが、日本の神道について興味を持っている外国人もいるそうです。

しかし、神道のことを説明しようとしても、いまひとつ伝わらないようです。語学の壁もあると思いますが、説明する日本人本人が、神道についてよく理解してないことが、伝わらない大きな原因なのかもしれません。

海外だけでなく、国内でも誤解されやすい神道の本質

禅は、スティーブ・ジョブズなどの欧米人の間でも深く関心を持つ人がいたり、ある程度理解している人もいると思いますが、神道になると、興味を持つ欧米人がいたとしても、やはりわかりにくいようです。

昨年、深見東州先生がゲストで招いた、オスカー俳優のニコラス・ケイジも、日本の神道について興味を持っていたそうです。しかし、今までいろんな日本人から説明を聞いても、よくわからなかったのでしょう。深見東州先生の説明を聞いて、これまで聞いた中で最もわかりやすかったと感心していたようです。

そもそも欧米人の場合、太平洋戦争と結びついた誤った認識を、神道に対して持っていると聞いたことがあります。それは日本人の中にもいるくらいですから、無理もないことかもしれませんが。

また、神道のように教義もなく、経典もなく、開祖もいない宗教は、神学もしっかりしていて、哲学的な思考をしがちな欧米人からすると、原始的なアニミズム信仰だと思われてきた経緯もあります。

アニミズムとの違いや、教義はなくとも儀礼だけでも立派な宗教として成り立つことを説明し、戦争の原因と結びつけられた国家神道ではなく、古くからの神道を理解してもらうためにも、日本人がまずしっかりと理解しておきたいものですね。

日本では、キリスト教が広がらない?

そして、もう一つキリスト教圏からきた観光客で、日本でキリスト教を信仰する人が少ないことの理由を尋ねた人もいたそうです。

これも、答えるのは難しいかもしれませんね。日本は徳川幕府の時代までは、確かにキリスト教を禁教にしていました。しかし明治以降は、戦前までは神道が国の保護を受けていたとはいえ、布教の自由は保障されていましたので、キリスト教も大々的に入ってきました。

戦後は神道も保護されなくなりましたが、しかし、キリスト教を信仰する人たちは一貫して増えることはなく、日本の人口の1パーセントくらいと言われています。日本は、イスラムの国々を別にすると、おそらく世界でもっともキリスト教が広がらなかった国の一つかもしれません。

その理由は、私もワールドメイトに入会してから感じたのですが、おかげがある仏教系や神道系の宗教が、日本人には馴染みやすいのだろうと思います。キリスト教も奇跡が起きたりする例が報告されていますが、一般的におかげを求めて信仰している感じには見えませんね。絶対的に超越した存在として信仰している感じはします。

私も、しばらくキリスト教の教会に通っていた時期がありましたが、お寺や神社のように、信仰や祈願によって現生利益を打ち出している宗教とは、全然違うなと思っていました。それはそれで、嫌いではありませんでしたが、日本人の根底には、昔から神仏を生活に身近な存在として、何らかのおかげがあることで、信仰に結びついてきた歴史がありますね。

五穀豊穣のお祭りもそうですし、安産や縁結びなどの祈願も生活に密着した祈願だと言えます。また、昔はアリの熊野詣でや、お伊勢さん詣でなども、お蔭参りと言われていたほどですから、理屈抜きに神仏のおかげを感じたり、頂いた人が昔からたくさんいたのでしょう。幕末から起きた新宗教の流れも、当時は、証を実感する人が多かったからこそ、勢いよく広がっていったという側面があるようです。

平安時代から続く、密教の護摩祈願なども、はっきりとしたおかげが現実にあるからこそ、今でも続いているように思います。

有名な宝塚の清荒神のことも、ワールドメイトでよく話に出てきます。参詣客が少なくて、いろんな催しを工夫するけども、なかなか増えなかったところが、ある時法主が毎日の祈りのお勤めを4時間するようになってからは、参詣者におかげが続出するようになり、それで参詣者が増えだし、長蛇の列をなすほどにまでになったそうです。

ワールドメイトも、現生利益があることでは負けてないかと思いますが、ワールドメイトの場合は、神社や仏様からおかげをいただける祈り方を教えますので、ワールドメイトの証も多いですが、神社でおかげをもらったという人も多いです。

そしておかげだけで終わるのではなく、おかげは信仰の入り口であるという考えがあります。おかげだけを求め、おかげがあるから信仰し、おかげがなければ信仰しないという、おかげ信仰にはならないようにしたいものです。

ワールドメイトを退会した人のコメントを見て感じたこと

話は少し変わりますが、そんなワールドメイトでも、何からの理由で信仰をやめて退会してしまう人もいます。

やめた人の理由を直接聞く機会はほとんどないのですが、インターネット上にワールドメイトをやめた人でしょうか、ワールドメイトに入会したけど、何もおかげがなかったというコメントを見たことがあります。

やはりおかげが出なかったり、おかげを感じることができなかった人は、やめてしまうのかなと思いました。反面、入退会はずっと自由で、それは良い部分でもあるのですが、そんなことで、なぜ退会するのだろうという思いもありましたね。

おかげが出る理由を深く理解すれば、平等におかげが出るわけではない理由もわかります。それをおかげが出ない人が、深く理解できるとは限りませんので、残念ですが仕方がない面もあるのでしょう。

幸せは環境に左右されるけど、環境だけではわからない

もう一つ、周りのワールドメイト会員を見ても、幸せそうに見えなかったから、などというコメントも見たことがあります。

家系が子沢山なのか、私の親戚はとても多く、中にはクリスチャンもいますし、新興宗教に入信している人もいます。幼い頃から、そんな親戚と親しくしてきましたが、宗教をやっていて、不幸そうに見えたというのはありませんでした。

また、学生時代の友人には、家族全員○○学会の人もいましたし、キリスト教系や新興宗教系の知り合いも、わりといました。しかし、そんな人たちを見て、不幸そうだなと思ったことはなかったですね。いろんな問題は抱えていたと思いますが、むしろ、幸福そうに見えるほどでした。

実際に、その宗教を信仰して幸せかどうかを聞いたことはありませんが、おそらく本人に聞いても、みんな幸せだよという気がします。

たまたま、私と知り合いになった人がそういう人たちだったという可能性もありますが。

ワールドメイト会員も、やはりそうで、運が良いかどうかは置いといて、不幸な人は少ないように思います。運は、初めから良い人もいれば、良くない人もいますが、今よりも良くなっていけば良いわけですから、ワールドメイトでやることをやっていれば、確実に良くなって行くと思います。

しかし、幸せかどうかというものは、そんな運の絶対量とか、金銭など物質的に恵まれているかに比例して必ずしも決まるわけではなく、その本人が自分は幸せだと思えるのであれば、それで幸せなのだと思います。

強い運とか、あるいはお金に恵まれるには、それなりの時間と努力が必要になると思いますが、幸せの実感に関しては、入会してしばらくすると、多くの人がそれまでよりも幸せを感じるようになれるように思います。例外もあるとは思いますが、私の周りにいるワールドメイト会員たちは、みんな幸せだよと言っています。

はたから見て幸せそうに見えないというのは、本人に聞いて確かめたわけではなく、その人なりの判断基準で感じたことなのでしょう。家族やお金に恵まれた贅沢な暮らしを幸せの基準とするなら、普通の暮らしをしている人は、不幸に見えるのかもしれませんね。

しかし普通の平凡な暮らしをしているように見えても、また、あまり環境に恵まれてないように見えても、中身は充実して、生きがいとやりがいに生きている人なのかもしれませんし、そんな人生を送っている人を不幸とは言えませんよね。本人も不幸だとは思ってないでしょう。

逆に恵まれた環境に見えても、心の中はいつも不安と煩悩で落ち着くことがなかったり、あるいは、人を信じることも愛することも難しい人などもいます。本人も、人生に虚しさを感じているケースなども多々ありますので、一概に何を持って幸せと言えるのかは、難しいものだと思いますね。

私のケースでしたら、少しづつでも、昨日よりも進歩していることが幸せだと思えますね。なので、いろんなことがあっても、最終的に進歩向上していたら良いと思っています。

もちろん、環境にも恵まれるに越したことはありませんが、それが、必ずしも自分のためになるとも限らないので、そこに執着することはなくなりました。足るを知るという心境なのかもしれませんが、現実を良い意味で、素直に受け入れるようにしています。ただし現状に満足し、進歩しなくなったらお終いだと思っているので、そこは気をつけたいと思っていますが。

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