仏教のお経には、摩訶不思議な霊力があるといわれています。摩訶不思議と言うと、何かの魔法のようですが、そういう意味ではありません。そのお経の意味を良く理解し、しっかり修行を積まれたお坊さんがお経を上げると、たとえば亡くなって霊界に行かず、この世に留まっている不成仏霊が、すっと救われてあの世に行ったりするようです。そういう見えない霊を救えると言う意味での霊力です。といっても、あの世とか霊界の存在を信じてない人からすれば、全く荒唐無稽な話にしか聞こえないでしょう。

 

私の家は祖母が仏教を信心していたせいか、私も小さい頃からお経を聞いて育ちました。そのせいか、意味はわからずとも、なんとなく死後の世界はあるにちがいない、あるいは人間は死んだらどうなるのだろうかとか、そんなことをよく考えました。かといって宗教の教えには、まったく関心がありませんでした。自分なりの結論としては、人間は肉体と霊魂があること。死ぬと肉体は無くなるけども、霊魂は死ぬことはないから、そのまま生きている時の意識が続くのだろうと信じていました。そして、そういう考え方は、けっして珍しいものではなく、むしろ同じように思っている人が多いことも知りました。

もちろんその頃はワールドメイトも無いですし、神霊界の真実を教えてくれる深見東州先生の著作もありませんでした。そして大きくなってくると、だんだんそんなことは忘れてしまい、というかどうでもよくなってしまいました。勉強や趣味、遊びが楽しくなり、忙しくなったからでしょう。それはそれで良いことかもしれません。中途半端に霊界のことに興味を持つより、現実のことをしっかりやったほうが運がよくなる気がするからです。私は守護霊とか神社の神様と言う世界に関心が移っていきました。

 

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小さなことですが、守護霊に毎日祈ると、必ずその願いが叶うという体験を、すでにワールドメイトに入会する以前から体験していました。同時に金縛りにずっと悩まされていました。これは、怖い目にあった人ならわかると思いますが、けっして肉体の疲れからくるものではありません。そういう種類のものもあるのかもしれませんが、少なくとも私の場合は、まったくちがうものであり、霊の仕業であることを何度も体で体験していました。ワールドメイトに入会以降は、ぴたっとなくなったことでも、そのことが証明できると思います。

そういう体験から、私は、見えない世界の存在にまったく疑いを持つことがありませんでした。学生の頃、友達がいくら否定しても、逆に言い負かしてしまうことのほうが多かったです。今のように信仰心こそありませんでしたが、見えない世界に対する確信力だけは強かったようです。

昔のことをいろいろ書きましたが、何が言いたかったかというと、人は死んで肉体が無くなっても、生きてる時の実態は無くならないということです。必ず信じなければいけないわけではありませんが、これが事実なのだと思います。その前提がなければ、そもそも仏教のお経がなぜあるのか、なぜ霊力が出るのかも理解することはできません。

ワールドメイトに入会して知ったのは、お寺などで唱えているお経というのは、菩薩や如来を誉め称え、その気にさせるためのものだったということでした。

 
ワールドメイトの供養とお経の秘密に、続く。

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