ワールドメイトの御祭りの期間中、ワールドメイトから食べ物がふるまわれることがあります。わたしも何度かご馳走になりました。出されたものは、果物、ケーキと、いろいろですが、とにかく美味しいです。それもそのはずで、私たちワールドメイト会員に何かを出される時は、深見東州先生が美味しいかどうかをチェックされるか、事前に確認したものを出すことがほとんどだそうです(ケーキのように種類がたくさんある場合は別かもしれません)。

それを聞いて、「さすが深見先生、お味に大変なこだわりを持っていらっしゃる」と思うワールドメイト会員もいますが、そんなグルメ的な趣向で出されているわけではありません。私たちワールドメイト会員が喜んでくれるようにと、常に考えてるゆえの行動だと思います。

わたしは、そのような細かなところまで、あの超お忙しい深見東州先生が気配りをされることに感心します。それほど忙しくない人であっても、トップの人は、そんな細かいところまでチェックしないと思います。また、食べ物は美味しいにこしたことはありませんが、「そんなことにまで深見東州先生の大事な時間を割いていただかなくてもいいのに・・、たとえ、少々味が平凡でもありがたく頂きますよ」と、私など思ったこともありました。

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ところが深見先生は、組織の末端の人がするようなこと、あるいは下座業と言われるようなこと、また、だれもしたくないような面倒なことを、いつも率先垂範してされているそうです。下座行とは、お寺とかでやる清掃奉仕とか、そういう感じのものと思って良いでしょう。準備、段取り、後片付け、整理整頓、庭掃除、便所掃除、靴をそろえるとか、深見先生は学生のころから、そういうことを率先してされてきたことを何度も聞いています。

ただ、ある程度の立場になってくると、そればかりできないですから、もっと別なこともたくさんしなくてはなりません。人の教育などもそうでしょう。ただし人材教育と言えば聞こえはよいですが、深見先生のされている教育の実態は、そのような生易しいものではないようです。普通の組織ならばリストラされるか、あるいは相手にされないようなできの悪い人間に対しても、辛抱強く何度でも教育をされるそうです。ある程度優秀な人でしたら教育を行う甲斐もあるでしょうけど、あるいは見込みのある人なら、育てることで組織に大いに貢献するでしょうから効率的だと思います。

ところが深見先生は、何度言っても改まりそうにない、どうしようもない人に対しても、粘り強く何度も指導されるそうです。傍から見ると無駄な努力に思えるでしょうけど、そういう人でも見捨てずに、たとえわずかでも向上してくれれば良いと思ってされるそうです。あるいは、それすら期待できない人もいるようですが、それでも最後まで面倒をみられるそうです。そして、その人たちがおかしたミスや失敗の後始末、また、外部からのクレーム処理にいたるまで、なんでも深見東州先生は、責任持ってされるそうです。

立場がトップになるとしなくなるような些細なこと、現場の人に任せるようなことを率先して行い、手本を示し、優れたやり方を教育されているそうです。だからこそ組織の運営レベルも向上し、人も育成されていくのでしょう。かつまた深見先生の人望、信頼、リーダーシップはますます高まり、人がついてくるのでしょう。

一番偉い最高神も、ある程度大きなところは大日如来に任せ、自分は観音様となって現場に下り、細やかで面倒なことをやって人々を救済されるそうです。最高神であるが故に、一番末端のところまで降りていき、だれもやりたがらないようなことでも率先してされるのだそうです。

また、深見東州先生の著作にも書いてありますが、地獄の鬼とは、最高神の直系の神々なのだそうです。地獄の存在を信じる信じないは自由ですが、どうしようもない悪人たちを改心させるために、地獄の臭いところで汚れ仕事をしているのが鬼なのです。虐めが大好きなサディストならともかく、絶対やりたくない役割です。好きでやってる鬼など、おそらくいないでしょう。でも、そういう嫌な鬼の仕事は、最高神の直系の神さまが、率先してされているわけです。

ワールドメイトの御神業で何度も聞いてきた話しですが、最高の神様というのは、そのような心を持ってあるそうです。だから、その下の神々や仏やエンゼルたちも、最高神と同じ気持ちで率先垂範して、よごれ仕事、後始末、整理整頓などの下座業に励んでいるのだそうです。

これを人間社会にそのままあてはめてみると、本当に正しいことが見えてきます。そのような要素がある人が、やはり人望があり、トップに立っていくのでしょう。逆に言うと、そのようなことができなくなったトップは、人望を失い、判断を誤り、だんだん衰退し落ちていくのかもしれません。こういうことがずっとできる人は、組織や社会のトップに立っても、常に謙虚で、判断を誤らず適確な行動ができるので、多くの人たちを幸せにし、社会に大きな貢献ができると思います。

深見東州先生は、一番上と一番下を知ると、真中もすべてわかると言われていました。これを会社で言うと、幹部とか、上級の管理職などにある程度会社の運営を任せて、会長や社長が末端である現場に出向いて意見を聞いたり、一緒にやったりするというイメージでしょうか。そういうことをトップがやってると、末端の現場の様子を知っているから、中間部分の組織の問題点も見えて来るのだそうです。つまり上から下まで全体がわかるので、もっとも適切な対応がとれるわけです。

ワールドメイトには、「雑用は判断の揺りかご」と言う言葉があり、一番雑用をしている人の判断が、もっとも正しいと言われています。これも、似たような意味があると思います。また、「陰が大きい分だけ陽も大きい」という真理も、同じくこれに通じる言葉だなと思いました。ぜひ、いつまでもそういう精神で、下座の行を厭わずに実行していきたいものです。

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