ワールドメイトの宗教活動と経済活動は矛盾しない

20数年前にワールドメイトに入会した頃、教祖の深見東州先生が実業家として、すでにかなりの実績を残されているのを知りました。

私は全く違和感なかったのですが、おそらくワールドメイト入会する人たちも、ほとんどそうだと思いますが、しかし、世の中には、宗教家が実業家でもあることに対して不信感や嫌悪感を抱く人がいます。何か悪いことでもやっているんじゃないかみたいに思うようです。実業家は汚いことして金儲けをしているものであり、対して宗教家は、お金や権力や俗界のことに関係のない世界で、清貧に生きるもののように思っているのでしょう。

 

私の両親なんかもそんな感じに近いイメージを持っていたようでした。会社の経営者は従業員に厳しく、お金の回収にも厳しく、とにかくお金儲けに熱心というイメージを持っていました。対して宗教家は、どんなズボラな人間にも慈悲の心で接し、貧しい人の味方であり、お金儲けとは縁のない世界というイメージがあったようでした。そのイメージは決して間違いではないと思いますが、全ての経営者や宗教家に当てはまるとも言えないと思います。

 

深見東州先生がどういう人で、どんな考えを持って会社を経営し、宗教活動をしているかを知ると、そのような一方向に偏り気味のイメージから解放されると思います。それどころか宗教家でありながら、かつまた経営者であることが、本当はもっとも優れた人物なのではなかろうかとさえ思えてきます。宗教家と経済人の二つが両立するものではないと思う考えが、大きな間違いだったことに気づくと思います。

 

深見東州ビジネスコレクション広告

深見東州先生を理解するには、ビジネス書がオススメ

ここに紹介した新聞広告には深見東州先生が書かれたビジネス書が掲載されていますが、深見東州先生の素晴らしさや、どんな人物かを理解したいのであれば、強運を読むよりも、むしろ私はこの経営書、経済の著作を読むことをお勧めしています。それが宗教に偏見を持つことなく理解できる早道ではないかと思います。

もちろん、ここに紹介されている著作は、紛れもなく会社経営や営業に即役立つ実践的な内容ばかりです。読めば、すぐに成果が上がる秘訣が目白押しに書かれています。経営や仕事に対する考え方や取り組む姿勢にも、とても参考になるものばかりです。これほど具体的な成果に結びつきやすい実戦書も珍しいし、なかなか無いのでは無いかと思います。それゆえに深見東州先生が、並の経営者ではないことも、一読するだけで理解できると思います。

さらに日本の神道という宗教が、生活や社会を豊かにするものであることも理解できます。著作には優れた経営者の持つ信仰心のことも紹介されてますし、また素晴らしい経営者であり、宗教者、信仰者でもあった実例も書かれています。

 

私がワールドメイトに入会した頃は、まだこれらのビジネス書は出ていませんでしたから、先に「神霊界」や「神界からの神通力」などを読んでいました。それを読んで、深見東州先生が本物の宗教家であり、純粋な真心を持つ人であることを強く感じました。宗教的なもの、目に見えない世界や、深いスピリチュアルなものに興味がある人が読むと、とても惹かれるものがあるでしょう。

しかし世間では、宗教とか、目に見えない世界に対し、かなりアレルギーを持つ人が少なからずいるのも事実です。占いとか、軽いスピリチュアルなものならまだしも、それでも怪しいと思う人はいると思います。それも無理もないことだと私は思っています。なぜなら、そういう宗教をやっている人の中には、なんとなく暗い感じがあったり、怪しげな感じがあったり、どこか世間の常識と違う感じを抱かせる何かがあるからではないかと思います。占い師なんかも、テレビに出るような人にはタレントのようで華やかな人もいますが、概ね妖しげな雰囲気を持ってる人が多いように感じていました。ただ、そういう妖しげな雰囲気に惹かれる人も一定数いるようです。

それで、私の場合は神様は信じていましたが、とくに宗教にも、占いにも近寄りませんでした。にもかかわらず、ワールドメイトにはすんなりと自分から入会しました。とくに入会を勧められたのでもなく、あっさりと入会したのが、今でも不思議な気もするほどです。

ワールドメイトに入会してすぐの深見東州先生の印象

そして、すぐに深見東州先生に間近でお会いする機会がありました。その時に、この人は面白い人で、楽しい人なんだなというのが第1印象でした。同時に、普通に抱く宗教家のイメージではなく、何とも言えない底知れぬ人だなと思ったのです。単に面白い人というだけでなく、人間として太っ腹な人物だという思いも持ちました。のっけから、大胆な決断力、判断力、そして包容力を感じざるえないことがあったからでした。

そして1年も経たないうちに、深見東州先生が、一方では本物の神通力を持ちながら、一方では、宗教家にありがちな世間から遊離したようなところがなく、どこまでも常識豊かで、社会や人というものを深く理解する良識ある社会性に富んだ人物だと確信できました。それは、少なくとも私が知ってる宗教をやっている人にはなかった部分でしたし、宗教に抱いていた、どこか偏ったイメージや思考とも無縁のものでした。だから、この人がされるワールドメイトになら、どこまでもついていこうと思ったのだと思います。

 

しかし、深見東州先生がされてることは、本来とても革新的なことであり、普通の人間では考えつかないような大胆なことであり、かつ文化性に富んだものです。そういう意味では、良い意味での常識を覆す人でもあります。宗教にありがちなイメージである、どこか暗い感じだとか、閉鎖的だとか、そんな世間の常識から少し外れたようなものとは全く違う意味での、常識を覆すような規格外のことができる人物なのです。そして、ワールドメイトはそんな深見東州先生の影響を受けている宗教団体だと言えます。

 

なぜ、深見東州先生は、そういう人物になれたのかを考えた時に、やはり、実業家として実力を磨いてこられたからではないかと思えてきます。未来を予見し、先見性のある経営方針を立て、大胆かつどこまでも粘り強く辛抱強い経営を行い、また現場主義で率先垂範し、命がけで決断し判断し、知恵をフル回転させ、生き馬の目を抜く業界で勝ち残ってこられた、そんな本物の経営者だけが持つ迫力と包容力、人間的な魅力があるからこそ、宗教の持つドグマに陥らず、宗教をやる人に多い偏りもなく、あのように社会においても超一流の人物になられたのではないかと思います。

しかも海外にも早くから進出されていたので、欧米人の癖や考え方も理解でき、欧米社会の価値観やインターナショナルな価値観にも通じておられます。それがあったからこそ、現在、海外での様々な公益活動や福祉活動、社会貢献の数々など、すべて軌道に乗せることができたのかもしれません。そして、社会貢献や世界の平和や繁栄に繋がる活動がどんどん拡がっているのでしょう。

 

結果的に、宗教団体や宗教家ではできないような社会的貢献や救済活動を可能にしてきたのは、深見東州先生が、実業家として国内外で大変な実力と能力を極限まで磨いてこられた、その苦労と忍耐力と知力と迫力と人間としての器の大きさ、度量の大きさ、リーダーシップ、人物金の動かし方、人間への深い本物の愛情の大きさがあったからでしょう。それらは、決して宗教だけをやっていては、培われなかったのではないかと思います。また、宗教団体という括りの中では、決してできなかったことではないかと思います。だから、いろいろな法人や社団や組織で実行されているのでしょう。

結論として言えるのは、より優れた宗教性を発揮するためにも、宗教の持つ本当の素晴らしい役割を発揮するためにも、宗教家は、実業家として一流であったほうが良いというのが、私の感じた結論でした。そして、宗教活動をしながら、宗教活動に拘らずに、いろいろな活動をすることこそが本当なのだと思います。それでこそ、正しく本来の宗教性の発露とも言える社会貢献や、人類愛に基づく人道的な活動や、人類の理想である世界平和への活動が現代で可能になり、結果が出せる唯一の道なのではないかとさえ思います。

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