たまに自分の周りにいる人たちの、その家にまつわる家系の話を聞くことがあります。すると、けっこうあるのが、「私の家は昔はかなりお金持ちだったようなんですが、でも、今はすっかり財産もなくなってさっばりなんです」とか、「とにかく昔は羽振りが良くて、曽祖父がじゃんじゃんお金を使っていたそうなんですが、使いすぎて財産をなくしてしまったようなんです」、など、似たような家の事情を聞くことが、思いのほかあります。

ワールドメイト会員の中にも、先祖はお金持ちだったとか、大きな地主だったとか、かなりいますね。中には「曽祖父が事業で成功して資産家になったけど、祖父、父と、だんだんさびれてしまった」という話も先日聞きました。そういう景気の悪い話はしたくないのですが、今日書こうと思う内容に関連するので、少しだけ我慢してください。

ところで日本では、相続税で資産をごっそり持っていかれる仕組みがあるので、そういうことになっていく側面もあるのでしょう。

 

資産家で、2代目3代目と没落するのはなぜ?

ワールドメイトに入会して初めて知った内容ですが、一番最初に財産を築いた人の築き方に大きな問題がある場合、2代目、3代目と、財産が雲散霧消してしまうことを知りました。たとえば多くの人から恨みを買うような財産の築き方であったり、多くの人の不幸の上に築き上げられた財産であればあるほど、そうなってしまうようです。

ひと昔前の高利貸しなどは、その典型になるのかもしれませんね。尾崎紅葉の『金色夜叉』に、明治の頃の高利貸しがどういうもので、人からどう思われていたのか、わりと克明に書かれています。あの小説を読むと、高利貸しにだけはなりたくないと思います。今は高利貸しがサラ金などになり、昔とは違うと思いますが、とにかく当時の高利貸しが人からいかに恨まれている職業であったのかがわかる描写になっています。もちろん借りる側にも、なんらかの問題があるのでしょうけどね。

 

それから昔の地主の話になりますが、大地主は、大勢の人たちを小作人として働かせ、重い取り分を課すことで搾取していたようです。これなども、全部ではないと思いますが、大変な恨みを抱いているケースも多かったことでしょう。そのように人を不幸にしてまで自分の財産を築いてきたのであれば、そのあとを継いだ2代目3代目になるにしたがい、家が没落していくというのも、なんとなく理解できるかと思います。

仏教に地獄という死生観がありますが、生前に人を苦しめた人、悪いことをした人が行く世界として描かれています。おとぎ話の世界ではなく、本当にそういう霊界があるのを、霊夢などで見てきた人がいて、伝わったとも言われています。

日本では地獄とは少し違うと思いますが、古事記に黄泉の国というおぞましい世界が描かれています。キリスト教には地獄というものが存在しています。そんな地獄なんてものは無いという人も多いですが、日本人の死生観には、そういう思想が大きく影響しているせいか、先程の人を苦しめた高利貸しや大地主のような人は、地獄に行くのだろうと、自然に思ってしまいます。

もちろん地主にも良い人もいるので、全部がそうだとは思いません。ワールドメイトで知ったのは、大きな恨みを買うほど人を不幸にし、その挙句金持ちになっても、自分の中の意識がそれを知っているので、それでは想念も明るくならないでしょうし、なかなか幸福感を持てないだろうということでした。そういう暗い影と、現実に積んだ悪業がある為に、そういう世界に行ってしまうようです。そこまでは、従来の日本人的な死生観がある人ならば、すんなりと理解できるのではないかと思います。ほぼ、同じような理屈だからです。

 

極道がやめられない人の理由

ワールドメイトでなるほどなと納得したのは、そのあとの話です。そのような悪い霊界に行ってしまった先祖が、自分たちが苦しいために、子孫について散財させてしまうことがあるそうです。よく資産家の家にとつぜん放蕩息子が出てきて、財産を食いつぶした挙句に借金まで背負ったという話を聞くことがあります。実際にそういうケースはたくさんあると思います。それには理由がありました。悪いことをして稼いだお金は、悪臭漂うものとなって先祖にのしかかってくるため、先祖はその苦しみから逃れようと子孫に散財させ、財産がなくなったところで、すっきりと安心感がもたらされるからのようです。どうしても極道がやめられないという人の原因には、そういう理由の場合もあるようです。これは、ワールドメイトで初めて知ったことでした。言われてみると何も矛盾していませんし、むしろ先祖からすれば、そうするのが当然の行為のように思えました。

 

ということで、そういう悪い霊界に行ってる先祖がいれば、できることなら救われて欲しいですし、その方が子孫としても嬉しいしありがたいです。ただ通常のお盆供養や、ワールドメイトの救霊でも、なかなかそこまでの先祖は救えないようです。先日はお盆の行事について説明しましたが、あれを読んでいただくと、お盆に帰ってくる先祖というのはまんなかあたりか、やや上の方の霊界にいる先祖だろうなと、およそ想像がつきます。仏教でいう地獄に落ちた先祖とか、神道でいえば根の国底の国のようなところに行ってる先祖は、そう簡単には来れないようです。かわいそうですが、人間も牢屋に入るると、刑期が終えるまで社会に出られませんが、それと似ていますね。

 

そこでワールドメイトのお盆供養では、豆木祈願という、そういう先祖たちのための祈願も行われています。悪い霊界に行ってる先祖がたくさんいると、いわゆる悪因縁といわれるものの原因のひとつになりやすいようです。たとえば、「あそこの家は代々喧嘩っ早い人が多くて失敗する」とか、「女性関係で失敗する人が多い家系」とか、なんとなくその家のさまざまな問題の傾向となって出てくるようです。もちろん霊界は複雑ですから、一概には言えませんが、私も家に関しては昔から思い当たることがあり気になっていたので、豆木祈願を何回もやってきました。そうするとゼロではないものの、それが気にならないレベルにまでなってきました。だから、そういうものはやっぱりあるんだなあと、体験からも信じています。いくつかそういうワールドメイト会員が体験した体験談を、次に紹介しておきます。

 

先祖供養

豆木祈願の証

⚫それまでの私は、ちょっとしたことにでも、なにかイライラしていることが多くて、人と衝突することもだびだびでした。面と向かっては言われませんが、ちょっとあの人怖いよねと、職場でも思われていたようです。しかし、小さなことでも、相手が許せなくなることがあり、態度がきつくなってしまったり、すぐにけんか腰になってしまったり、どうしてもそうなってしまうのでした。自分自身でも損な性格なので、これではいけないと思うこともあるのですが、なかなか改善されず、やっぱりなにかあるとすぐ頭に血が上ってしまうようなことが止まりませんでした。

もう性格だから治らないと思ってましたが、ワールドメイトに入会して豆木祈願を始めました。初めて豆木を書いた時は、書いた後に頭痛がするのでおかしいなと思ってましたら、深見先生のお取り次ぎが終わったと同時に、頭痛も消えていました。その後なんとなく穏やかな自分を感じました。そして、今までなら腹を立てていただろうことに、あまり腹が立たなくなっていました。豆木祈願が終わってから、何かが変わったのは間違い無いと思いました。そして、毎年必ず、豆木祈願をするようになり、3年目が過ぎた頃には、自分でも信じられないくらい穏やかな気持ちの自分がいました。すこしどころか、かなりひどいことがあってもイライラせず、カッとなって血が昇ることが全くと言っていいほどなくなりました。これはどう見ても豆木を書いてきたからだとしか思えません。修羅道のような喧嘩好きな先祖たちが、救われた証に違いないと確信しています。また父親もどちらかといえば、そういう喧嘩っ早くて怒りっぽいところがあるのですが、いつのまにか父まで、穏やかな怒らない性格に変わっていました。父の名前では、一度しか祈願してなかったのですが、家系にまつわる悪因縁が、かなり救われたのだと思いました。

 

⚫私は人間関係で色々苦労していました。始めて豆木祈願をしようとしたとき、とても体が重くなっていたのですが、書いて申し込んだ後にはとても楽になったので不思議でした。そして、ワールドメイト会員だった母も、同じく最近体が重いと言っていたので、豆木祈願をするように言いました。すると母も豆木祈願を書いて申し込んだら、体が軽くなったというので、やはり不思議なことがあるねと、二人で話をしていました。その後私の職場で、常日頃から嫌がらせのようなことばかりする上司が、急に他の部署に移動していきました。そしてその上司といっしょに嫌なことを言う同僚まで、今度は今までいろいろ辛く言ってすまなかったと言ってきたのです。職場では、なかばイジメにあっていたようなものでしたから、それが解決してしまったのです。また母の方は、やはりパート先で嫌がらせを受けていたそうですが、なぜか嫌がらせをしていた人が、突然謝ってきたそうです。失礼なことばかりして申し訳なかったです。許してくださいねと。そこで、二人とも人間関係の悩みから解放され、救われた気持ちになりました。これは、人間関係で苦労するという因縁が、豆木祈願のおかげで、かなり救われたのでないかと思っています。

 

⚫豆木祈願には、いろいろと面白い証があります。まず、書いた直後に、なぜか鼻血が出始めてなかなかとまらなくなったんです。ふだん、鼻血なんか出たことがないのに、不思議なことがあるなと思いました。私の主人は、背骨がいたいたいと言って、汚い話ですが下痢までしていたんですよ。そして深見先生のお取り次ぎが終わったあと、職場の友人たちが私を見て、顔が白くなってる、お化粧を変えたのと聞いてくるのです。もちろん何も変えていませんが、みんながそういうので驚きました。主人は主人で、お腹が弱くてあまり食べれない人だったのに、それからは、よく食べるようになりました。以前より胃の調子もいいのか、とても健康的になりました。

 

⚫私自身も豆木の証はたくさんいただいているのですが、以前、いとこ夫婦に豆木を勧めて書いてもらいました。そのいとこはもう40代後半で、不妊治療をずっとやっているけども子供が授からなかったのです。そして半年くらい経って久しぶりに会った時に、妊娠していると言うのです。本人もとても喜んでいて、今は無事に出産して、その後もすくすくと良い子に育っているようです。これは間違いなく、豆木を書いたからだと思います。いとこもそのおかげだと思っていると言ってました。

神仏と先祖の働きの違い

まだまだこれらはほんの一部であり、いろいろな種類の証が、ワールドメイト会員で豆木祈願を行った人には出ています。いうまでもなく、みんなに同じような証が出るとは限りませんが、1回でそれほどわからなかったという人も、2回目3回目では、なんらかの証を感じるようです。本人は証が出たと思ってなくても、本人の気がつかないところで、出ているケースもありました。

そのように、先日紹介したお盆供養の証にしても、今回の豆木祈願の証にしても、不思議な体験をしたワールドメイト会員は多いです。私の個人的な印象ですが、通常のお盆供養をすると、なぜか収入とか、そういうものになって直接跳ね返ってくることが多いです。しかしワールドメイトの供養に限りませんが、供養はお金の証をもらうためのものではありません。古来の日本人同様、純粋に先祖を思う気持ちからするものなので、証を過度に期待してやるのは間違った供養になると思います。結果として、そういう良い証もあるのでありがたいなと、そのように思うようにしています。

 

たとえなにもなかったとしても、豆木祈願によって獄界の先祖が救われていけば、少しでも良い霊界に行けるわけですから、次からはなにか直接的に子孫の喜ぶことができるくらいの身分になれるかもしれないと、そんな風に思っても良いかもしれません。そんなことばかり期待して先祖供養をしてはいけないと書きましたが、血が繋がった先祖だけに、子孫のために何かしてあげたいと思う気持ちがあるのも真実でしょう。

これが神仏になると、大所高所から広く全体を見ての功徳になるので、かなり違ってくると思います。それ以前に、神仏への祈願は、神仏の意にかなう願いややりかたをしないと叶いにくいと思います。そこが、身内である先祖たちのはたらきとは、大きく違う部分だと言えます。逆に言うと、それだけ先祖供養の証の出方は、もろに世俗的・現実的なものが多いともいえますが。

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