ワールドメイトのゴールデンウィーク神業の、仙台・鹽竈神業は、5日に終了しました。一時はどうなるのかなと思いましたが、さすがに簡単には開かない重厚な神域だったのでしょう。

深見東州先生はもちろんですが、現地で最後まで祈り続けたワールドメイト会員の仲間もありがたいと思います。私は途中で引き揚げ、衛星参加にしましたので、申し訳ない気持ちもありますが、少し残念だったと正直思いました。

 

ところで仙台市内は、ほとんど通常と変わりない感じに一見すると見えました。しかし、瓦礫があるところを見つけると、身が引き締まる思いがしました。気仙沼などの海岸沿いへ行けば、もっと激しい光景があるのだろうと思うと、自然と神事に向かう気持ちも真剣になってきました。

ただし、神仙の台を開く仙台神業なので、すべてを喜びだと思う気持ちが無いといけないそうで、真剣さだけではだめなのでした。さらに特別な霊的な背景も神事会場にあったため、ひとつひとつ解決しながらようやく開いた仙台神業でした。

真実の学問である北辰の教えを、これから深見先生がわかりやすく、私たちにも教えて下さることになりました。非常に重要な御神業になったことを改めて感じます。

 

ワールドメイト鳴門

 

続いては、ワールドメイトの鳴門神業ですが、今回は、H5N1のパンデミックの脅威がなくなるように祈願しましたので、こちらもそう簡単なものでは無かったです。しかし、こんなことができるのも、深見東州先生がご存命中の今だけなんだなと思います。

ワールドメイトでは、神仕組みに関するお話も聞けますが、世間から見れば架空の物語のように思われると思います。でも、ワールドメイトの神事でおきる証を毎回毎回見せつけられると、揺るぎない確信が持てるようになります。

そのためには、人任せにせず、日和見しないで神事に向かうことが必要でしょう。なんとなく向かっていると、神事の証も、それほど魂に響いてこない気がします。

神様は、ワールドメイト会員を立派な神柱にするため、右に左に揺さぶって鍛えてくれますが、そういう体験を積むと、神様の証も体験も、深く実感できるようになれると思います。それは、何か困難がある方が、心が極まるからでしょう。何もないと、楽で良いようですが、極まらないのでそれだけのものしか得るものもありません。極まった分だけ、神様が動かれ、大きく得るものがあるわけですね。

 

その鳴門神業ですが、今朝終わりました。

今回のワールドメイト鳴門神業は、何か新たな神力を感じた神業になったと思います。。

深見東州先生のお話では、神仕組みのことをお話しして下さいました。

そもそも人間が自分で自分を幸せにできて、より創造的で、よりよき社会を作れるのなら、神仕組みの救済はいらないそうです。人を幸せにできる社会になればいいわけですが、それが人間の力だけでは、なかなかできそうにないわけです。

かといって、神様は肉体がありませんので、神様の代わりに手となり足となって、神様の御心を代行するような人がいるのでしょう。そのために、神人合一した天才や必要な人たちが、世に現れたりするのでしょう。

そして救済するだけではダメだそうで、やはり人を幸せにできるより良い社会に変えていかないといけないわけです。そうじゃないと、いつまでたっても不幸になる人は無くならないですからね。

鳴門の神様も、大きな救済のために、いつも大きな力を現されますが、救済ばかりでは、世の中は変わらないそうです。ですから、幸せを生み出す社会を作っていく、そんな風に人々の意識を変えていく役割を、宗教がもっと担わないといけないのでしょう。

 

話は逸れますが、本来、宗教がやらなくてはいけない活動を、ワールドメイトはすべてしていると、ある大物政治家さんが言われていたそうです。国民新党の亀井代表が言われていたと聞きました。見る人が見れば、そういうことまでわかるのかもしれません。

 

話を戻しますが、そういう人が幸せになれる世の中になれば、宗教の形も変わっていくそうです。信仰というものは永遠に変らないけど、宗教が担う役割が変わっていき、神人合一の時代にふさわしいものに変わるそうです。大本の出口王仁三郎が、みろくの世になると宗教は必要無くなると言ったそうですが、そういう深い意味があって言った言葉だそうです。

 

また余談ですが、出口王仁三郎は、共産主義は一時のものだ、と言っていたそうです。本当にその通りになりました。また、第二次世界大戦の日本の敗北も予言し、大空襲を予知して大都市から離れるように、大本の信者に言っていたのは有名なお話です。また、不敬罪で牢屋に入ってましたが、広島と長崎に大きな爆弾が落ちるから、そこから大本信者を引き揚げるよう指示したそうです。

その出口王仁三郎2世と言われる深見東州ですが、ワールドメイトはそれほど大規模な組織ではないですが、その時代の大本がそうだったように、やはり天啓宗教なのでした。

そのようなワールドメイトで活動できるひと時を、大切にしなくてはと改めて思いました。

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