深見東州先生は、いろいろな人から、なんのために、そんなにたくさんの活動をされるのですか?と、よく質問されるそうです。
深見東州先生の活動に関わり、直接触れた人なら、まず、そのバイタリティに腰を抜かすほど驚きます。そしてあまりに多才な活動のため、人間離れしていると思うようです。私も20年以上前にワールドメイトに入会してから、そう思い続けてきました。

そして、何のためにここまでやらないといけないのだろうと、その目的を知りたくなるようです。

深見東州先生は、雑誌のインタビューで、「私が最終的に目標としているのは、日本を中心とした世界平和の実現です。それ以外のことに興味ありません」と言われていました。このことが一つのヒントになる かと思います。

世界平和という人類共通の願い

「天変地変で人の心が変わるのなら、今すぐにでもおこしてもよい。天変地変では、人の心が変わらぬから、苦労しておるのじゃ」と、いきなり大本の御筆先の一節を引用しましたが、地球の主宰神国常立大神様が嘆かれている様子が書かれています。そうやすやすと人間の心は変わらないということです。神様であっても、いや神様だからこそ、大変苦労しているということが、滲み出ている言葉です。

ワールドメイトで知ったのは、実は神様は、大変な忍耐を伴いながら、辛抱強く、人類を陰から平和で理想的な世になるよう導き続けているということでした。また、それは簡単なことではなく、大変な時間と労力がかかることなのでした。大本の御筆先や霊界物語を読むことでも、そのような長年にわたる神様の願いや苦労や嘆きや辛抱が伝わってきます。

その大本においては、出口王仁三郎が神様の仕組みの「たてかえ」の役割を果たしてきたようです「たてかえ」である大本の時代は、二つの世界大戦に象徴されるような、戦争などによって、それまでの世界の様々な枠組みが壊れていくと同時に、科学は急速な進歩を遂げ、大きな変動期と言える激動の時代でした。

戦後になると、そのような「たてかえ」の要素も、まだ残ってはいるようですが、多くは「たて直し」の要素が出てくるようです。ワールドメイトができた今においては、「たて直し」がメインになる時代になったとのことです。

具体的に「たて直し」とは、私の勝手な解釈になりますが、単純に言うと現実的に社会や政治が良くなり、今までにないような素晴らしい世界になっていくことだと思っています。破壊的な戦争によって、一旦は世界中が荒廃し苦しんできました。その愚かな体験を踏まえ、二度とあのような悲劇を繰り返すことがないように。新しく、人々が恒久平和の時代へと続く枠組みを作り、すばらしい文明が栄える時代になるのが、「たて直し」ではないかと、個人的には思っています。

そのような穏健な改革が進み、人類の科学が進歩すると同時に、人々と自然が調和した平和な時代が来るというのが、人類の願いそのものでもあると思います。世界平和とは人類の普遍的なテーマであり、多くの宗教団体が目標に掲げ、真剣に取り組んでいるところもあると思います。また、その実現のために尽力している民間や政府関係の組織や団体も、世界にはかなりあるでしょう。

その世界平和というテーマを実現するには、宗教では限界があると、昔から感じていました。宗教間でも争いが起きていますし、また宗教は政治に利用され、紛争の種になってしまっていると思います。もっとあらゆる角度から取り組まないと、現実的に世の中が平和になることは無理だと思うようになりました。

ワールドメイトに入会すると、神事や祈りによって、世界の平和を願い続けるようになりました。社会的な弱者救済のための福祉活動も長年続けています。そして、世界の素晴らしい要人たちと協力し、世界を平和にしていこうという現実の努力を、やがて深見先生がされるのではないかと、ずっと思い続けてきました。

神は三つの局面を持って現れる

ここで話は少し横道に入りますが、 そもそも神様という存在は何なのでしょうか?。

本当の神様とは宗教の教えだけでわかるかと言うと、宗教だけでは本物の神はわからないようです。なぜなら、宗教は神様の一局面を表わすだけであり、神様のすべてではないからです。

宗教=神様の御心であっても、神様=宗教ではないのです。宗教は神様を表わす「真」「善」「美」の中のひとつ、善の局面を表わすものなのです。ちなみに真は、科学、学問、経営などであり、美は芸術です。「善」の局面も、宗教以外に、福祉、道徳、倫理、教育、スポーツ、なども含まれます。だから本当の神様を知り、神の御心を理解し、世に現わし行き渡らせるには、宗教活動だけでは片手落ちだと言えるでしょう。

例えば芸術の美の創造、学問や科学の真実の探求、福祉や教育やスポーツを通じた善なる社会貢献であったり、色々な分野の多面的な活動が必要なのです。それらは宗教ではありませんが、しかし、広い意味で神様の局面のひとつだと言えるのです。

そのように神様は真善美の3つの局面をお持ちなのだから、人間も、真善美の3つの局面をバランスよく磨いてこそ、本当の神様がわかると言われています。ただし退廃的な芸術や、観念的な倫理道徳など、けっして人々を幸福にしないもの、進歩向上にもつながらないものは、神なるものとは言わないと思います。そこの違いには注意が必要です。

本来ならば宗教団体が取り組んでもおかしくない活動

深見東州先生はワールドメイト以外に、別組織において、福祉、芸術、学術、教育、スポーツによる社会貢献などなど、これまで様々な活動に取り組まれてきました。当然ですが、それらはワールドメイトのような宗教活動とは違います。先ほど触れた神の局面を表わす真善美に基づいた活動の一部になると思います。ということは、本来ならば宗教団体や宗教者が取り組んだとしても、何も矛盾しないし、何も不思議ではないのです。

たとえば出口王仁三郎や、空海や白隠も、偉大な芸術家でした。晩年の王仁三郎の耀碗は、芸術性が高く評価されています。空海は、日本三筆と呼ばれた日本最高の書の大家でした。また天文や歴などの学問にも通じていました。白隠も、たくさんの著作や禅画を作品として残しています。また、皆共通して高いレベルの学問を習得していました。

そういう人物だからこそ、神人合一した、神仏と一体となった素晴らしい宗教家として、歴史に残っているのでしょう。多面的な万能性がないと本物ではないと言えると思います。だからこそ深見東州先生も、文化芸術活動を始め、経営者として経済活動を行い、またそれ以外にも様々な活動に取り組まれているのだと思います。

また、ワールドメイトにも、芸術性や文学性の高い活動が含まれています。もちろん福祉活動にも積極的に取り組んできましたし、社会貢献としてのスポーツ活動にも深い理解があります。逆にそのような活動をしなければ、過去の宗教団体とあまり変わることもないでしょうし、新しい時代の宗教として、本物の神をお取次ぎすることはできないのでしょう。

ワールドメイトでの活動は、深見東州先生の活動の、ほんの一部

現在、深見東州先生が中心になって行なわれている、スポーツによる社会貢献や、コンサート活動や世界オピニオンリーダーズサミットなどの活動は、ワールドメイトとは別の組織で行われています。しかし、その目的には、広い意味での宗教性とも言える、世界平和の実現や社会をよりよくしたいという人類共通の理想があると思います。その活動の中で、多くの素晴らしい人たちとの縁が結ばれ、その人たちと一緒に協力されながら、少しずつより良い社会になるよう、世界が平和へ向かうよう努力されているのでしょう。

そういうことで、深見先生にとってはワールドメイトの宗教活動だけが全てではありません。同じように大事な公益活動、芸術活動を様々な場所で、様々な組織でされていることを理解しておく必要があると思います。

当然のことですが、ワールドメイトの布教のために芸術やスポーツを利用しているのでもなく、また、週刊誌などがたまに書いている、個人的な名誉名声のためにしている、目立ちたがり屋の人物だというような言説が、単に知識のない無理解からくる勘違いであることもわかると思います。

深見東州先生がインタービューで、「日本を中心とした世界平和以外に興味はありません」と答えられた背景には、そういう意味があるのではないかと思います。

万能の天才、深見東州

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