出口王仁三郎と深見東州

深見東州スピリチュアル系著作広告

 

出口王仁三郎2世とも言われる深見東州先生

上の画像はたちばな出版の、深見東州先生のスピリチュアル系著作の広告です(2015年4月)。宗派を超越する催事の写真付きです。神道、護摩壇、密教、修験道、ギャグ禅寺(笑い)。ちょっと見ると怪しいと思われそうですが、実際は怪しいどころか、厳粛な中に楽しさがあり、神秘の中に明るさがある、まさにネアカ・スピリチュアルだと言えます。ワールドメイトの活動も、明るく楽しいのがいいところで、神事で真剣に祈るときも楽しいし、直会で食事をいただく時も爆笑の中で面白いです。基本的に神様というのは楽しいことが好きなのかなと思います。みんなでワイワイしている時に、神様と人とが一体となって交流しているようです。そうすると幸せなひと時が続いて、心も癒され、人生が前向きになります。

この記事では、ワールドメイトの深見東州先生の宗教に対する考えも紹介されていました。とてもユニークなので書いてみます。

「宗教の枠にとらわれず、宗派の枠にとらわれず、神仏が喜び、人類や国のためになり、会社や家や個人が栄え、幸せならそれでいい。そして、いつも明るくギャグを飛ばしたい。時代を反映し、時代を超えた普遍性があるのが、生きた本物の宗教だ。しかし、宗教だけが神ではない。科学も芸術も神である。全てをやるのが、本当は望ましい。天の思し召しで、宗教をやるのなら、本当に世の中に役立ち、人を幸せにしたい。そして抹香臭くなく、自由で縛りなく、秩序があって明るいのがいい。それが、神仏習合の神道や、神社のお祭りだ。お祭りのように、いつも世の中を明るく、宗教界のギャグ王をめざしたい。まじめで暗いのが、肌に合わないからである。それで気に入った人が入り、いやならやめればいいのです。宗教といっても、それだけのことです」ーこれが、深見東州の宗教に対する考え方です。ギャグ爆発の宗教家、深見東州。

 

深見東州先生は神道家ですが、仏教もキリスト教もイスラム教もユダヤ教も、すべての宗教に造詣が深く、かつまた宗教の枠にとらわれていないことは、20年以上前にワールドメイトを知って以来、ずっと思っていました。また、仏教も神道も宗派はたくさんありますが、その細かい違いもすべでご存知です。本物のインターナショナルな宗教家だと思います。過去には、出口王仁三郎も、インターナショナルな、宗教の枠を超えた偉大な宗教家だったと思いますが、深見先生はその出口王仁三郎2世とも言われているようです。

お二人とも、世界の宗教に造詣が深いだけでなく、諸宗教が連携する組織の活動にも積極的に取り組んであります。出口王仁三郎は、頭山満や内田良平らを発起人にして、「世界宗教連合会」を立ち上げ、仏教、回教、キリスト教、道教などが参加しました。また、「世界は一つ」「万教同根」「人類救済」「世界平和」を実現するための社会実践団体として人類愛善会を設立し、人種・宗教・国籍の違いを超え、世界平和実現に向かっての活動を展開し、アジア全体、世界に大きく広がりました。

 

ワールドメイトの深見東州先生も、宗教対話と宗教協力を推進し、米国の宗際化組織Religions for Peace USA(世界宗教者平和会議米国委員会)の、プレジデントの一人であり、 またThe Council for a Parliament of the World's Religions(世界宗教議会)のInternational Advisory Committee(国際評議委員会)の名誉国際顧問、また、世界的な宗際化組織、World Faiths Development Dialogue(WFDD)の、理事も長年務めてあります。そして、アジアの宗教対話と開発を促進する、AFDD(Asia Faiths Development Dialogue〈アジア宗教対話開発協会〉)を設立し、会長となり、また、IFAPA(アフリカにおける平和のために行動する諸宗教)理事であり、2012年10月には南アフリカのヨハネスブルグで、全アフリカ大陸から百数十名が集まった、第4回IFAPAサミットをISFが共催し、アジア的問題解決法を提唱するなどの、世界的な活動をされています。

ISFというのは、インターナショナル・シントウ・ファウンデーションの略で、深見東州先生が1994年にニューヨークに設立したものです。このISFは、米国ニューヨーク州に公益法人登記された団体であり、国連広報局認可NGOとなり、次に国際連合経済社会理事会(ECOSOC)認可のNGOとなり、特に環境問題に力を入れているそうです。日本に数あるNGOの中で、これらの資格を両方持つのは、10団体しかないそうです。

そういう宗教間の枠を超えた世界平和や人権問題、弱者救済への取り組みの他にも、出口王仁三郎とワールドメイトの深見先生は、著作に優れていて、文学性、芸術性、学問、経営などにおいても万能性を発揮し、また、豪放磊落で、ギャグ(駄洒落)が得意で面白いところなど、基本的に似ている部分が多い気がしています。そのへんから深見東州先生のことを、出口王仁三郎2世と呼ぶ人が現れたのかもしれません。
 

出口王仁三郎とワールドメイトの教え

そのような共通項から、出口王仁三郎二世といわれることがあるようですが、私は、ワールドメイトに入会する以前から、出口王仁三郎に興味を持っていたので、今までに「霊界物語」を含むいくつかの書籍を読んできました。それもあって、ワールドメイト会員の中では、その方面にやや詳しい方ではないかと思います。そこで、その出口王仁三郎がどんな人であったか、簡単に紹介してみようと思います。それによって、ワールドメイトの深見東州先生との違いや似ている面などもわかってくるかと思います。

まず、私が出口王仁三郎に興味を持った発端は、出口王仁三郎の予言が、あまりに正確に当たっていることを知ったからでした。出口王仁三郎は、大本で、開祖出口ナオとともに中心となっていましたが、まず、出口ナオに神がかって書かれたという御筆先という書物があります。ここにも、日本の行く末を書いたと思われる神示があります。具体的な日付こそはありませんが、日本が日清・日露の戦争に勝ち、第一次世界大戦まで勝利するが、第二次世界大戦では大きな敗戦をするという内容にしか思えない内容があります。これだけでも驚くような内容ですが、王仁三郎はもっと正確に予言していました。

ただし予言というのは、まやかしものが多いので、なんでもむやみに信じることはできません。ワールドメイトに入会してからは、予言の実態というものについて詳しく理解できたので、以前のような関心はなくなっていきました。しかし、王仁三郎には、本当に未来が見えていたのでしょう。

 

予言の話になるときりがないので、またにするとして、次に、いくつか王仁三郎の発言を取り上げてみたいと思います。

●「大本教というのは、いわば新聞辞令で、わしの方は"大本"といってるだけじゃ。"大本"は政治も経済も芸術もみんなひっくるめた、宇宙の大本を説いているのであって、現在ある"宗教"のようなケチなもんとはわけが違う(昭和6年10月)」

これは、神には真善美の3つの局面がるという話と、似たような意味あいがあるかと思います。大本は組織としては宗教団体というカテゴリーになるわけですが、その中身は従来言ってるような宗教の枠を超え、芸術も政治も経済も学問も神の一部であるからには、それを含んだものであるということでしょうか。それでワールドメイトはというと、もちろん宗教団体になります。しかし深見先生の活動は宗教活動にとどまりません。王仁三郎はオペラやサミットなどはしていないので、内容こそ違うものの、お二人の間に共通点は多いです。そしてワールドメイトは、過去の宗教の良い部分は残しつつも、過去の宗教の範疇を超えた部分がいくつもある、今までにない宗教団体だと思います。

●「世界に存在するすべての宗教の根っこは同じ一つの神である。同じ神が時代や場所によって形を変えて地上に現れた。その神は愛の神だから、神の愛に立ち返り、互いの垣根を取り外して手をとり合おう。」

出口王仁三郎は、万教同根の教えを持ち、やはり同じような思想を持つ世界の新興宗教との提携を行いました。バハイ教、普天教、道院など。また、大正14年には、世界宗教連合会を北京で立ち上げます。それには、仏教、キリスト教、イスラム教、中国の諸宗教が参加しています。また、人類愛善会を創立し、異なる宗教間の協力活動をすすめてきました。

ワールドメイトにも、同じ神であっても、働きが違えば神名が変わるという教えがあります。また、宇宙創造のす神と、働きの神である顕現神が存在するという教えです。そして、ワールドメイトは、キリスト教系の団体と、長い間カンボジアで無料病院を共同運営するなど、宗教間の垣根を越えた活動実績があります。

また、深見東州先生は、宗際化運動にも、積極的に取り組んでこられています。世界宗教対話開発協会(WFDD)の理事であり、また、アジアにおける宗教対話や開発を促進するためにアジア宗教対話開発協会(AFDD)を設立されています。ということで教えや行動の内容にも幾つか相通じる内容があることがわかります。
 

出口王仁三郎の時代は戦争の時代

ところで、広島に原子爆弾が落とされて今年で70年を迎えます(2015年8月)。二度とあのような悲劇を繰り返すことがないように、それが原爆を経験した唯一の国である日本人の切なる願いです。また、全人類の願いでもあると思います。そしてワールドメイト会員も、戦争のなくなる平和な社会を願って、ずっと祈り続けています。

終戦記念日が近くなると、太平洋戦争の話題が多く目につきます。戦争については複雑な事柄を抱えているので、ここでは話題にするつもりはありませんが、出口王仁三郎と太平洋戦争に関することについて、少し触れてみることにします。

出口王仁三郎の活躍した時代の後半は、第二次世界大戦へと世界が進んでいった不幸な時代でした。そんな大変な時期に、出口王仁三郎のような偉大な宗教家が出現したのは、とても深い意味があるといえます。ワールドメイトでは、幕末から明治にかけて如来教、金光教、天理教、黒住教、大本という教派神道に属する宗教団体が天啓によってはじまりましたが、大本はその最後を締めくくったと聞いてます。また、それらの宗教は、龍神が主宰神だったということです。ただし出口王仁三郎だけは、龍神、天狗、稲荷、白蛇を自由自在に使いこなし、極微の天界も神霊界も知悉していたスケールの大きな万能の神人だったと言われています。それらについての詳細は書きませんが、かなり深い意味があるものです。

そして、その時代を一言で言うなら、軍隊が前面に出ていた帝国主義の時代でした。列強による、主権と領土の拡大に血道をあげ、最終的に二つの世界大戦をおこした戦争の時代でもあったわけです。いろいろワールドメイトで話を聞いたり、出口王仁三郎の本を読んだりしていると、王仁三郎は、きっと戦争を止めようとしていたのではないかと思います。しかし、残念ながら、それは叶いませんでした。そしてあとを託して、世を去ったように思えてなりませんでした。そのあとを託され、出口王仁三郎の世界平和の理想実現の夢を継いでいるのが、ワールドメイトの深見東州先生だと、私は信じているのですが、実際に王仁三郎自身が、本当の後継者は大本以外から出ると言っていたようです。

 

その話は置いとくとしまして、王仁三郎は大変面白い人物で、宗教家の枠を飛び越えていたと言われています。豪放磊落な性格で、多才な能力を発揮し、天才宗教家、異端の芸術家、などさまざまな言われ方をしていたようですが、そんな魅力に引き付けられるように、各界から、大物たちが次々と王仁三郎のもとにやってきて親交を結んでいます。

軍人の時代ですから、当然軍人たちからも、多くの人々が信者になったそうです。幹部クラスもかなりいたそうです。また、あの石原莞爾や秋山真之もそうですね。そして、東条英機も、昭和の初期のころ、王仁三郎に助言を求めて何度かきたそうです。ただ、王仁三郎は、「まだ時期ではない、軍部があまり強く出ては国を潰す。軍部の考えていることは10年以上早すぎる」と、東条英機を戒めたそうです。しかし東条英機は、「天佑神助には頼らない。一介の宗教家のくせに何をぬかすか」と、最後は怒って帰ったそうです。王仁三郎は、帰ろうとする東条英機に向かって、「その考えが国家をあやめるんだ。先がわかっているから注意するんだ」と言ったそうです。そして、「東条が、ええ気(英機)になって神風は頼むなと言ってるから、神風は吹かん」と呟いたそうです。緊迫した時でも言葉遊びが出るところは、ワールドメイトの深見先生もまるで瓜二つですが。のちに、陸・海軍大臣は、「軍隊内から大本信者を一掃する」との厳重な通達を出します。そして、その後の日本は、太平洋戦争へと突き進んでいきます。

また、政治家、官僚、知識人、文化人、貴族、華族からも、次々と信奉者が増えていきました。そして、前項に書いたように、世界にも進出していきました。それで、一般人も関心を持ち、昭和の初期には、800万人もの賛同者がいたそうです。時代が違うので、中身は違いますが、各界の大物と親交があるという点では、深見東州先生もまったく同じですね。深見先生の場合は、グローバルな時代にふさわしく、海外の著名人との親交が多いのも特徴です。

ときどき献金とか寄付などで名声や親交を買っているかのような勘違いなことを書いてる人がいるようですが、そんなものだけで、本当の親交や信頼が築けるはずがありません。 今さら言うまでもないことですが、王仁三郎がそうだったように、圧倒的な人間としての魅力と実力と、素晴らしい思想や行動があった上でのことだといえます。そうじゃなければ、大物と言われるような人や一流と言われる人が小物を相手にするはずありませんから、あのように喜んで協力しあうことなどありえないでしょう。
 

出口王仁三郎の戦争に関する予言

出口王仁三郎は、巷では預言者としても有名のようです。私もワールドメイトに入会するずっと前に、内容を知っていました。予言書の類などを本屋で見たことがある人も多いでしょう。たとえば、太平洋戦争に関しては、敗戦を何度も預言しています。それもアメリカと仲間としてともに戦っていた第一次世界大戦の頃の話です。すでに数十年先のことまで見えていたのでしょう。ただし、多くは、謎めいた表現で預言しているものが多いですが。

そんな馬鹿な、預言なんか信じないという人も多いかと思いますが、王仁三郎に関する限りは、事実として膨大な預言や話が残っているので、そういうこともあるのだろうくらいには、思わざるを得ないかと思います。ただ王仁三郎としては、預言を、世間を驚かせる目的で言ったのではないと思います。旧約聖書にもたくさんの預言がありますが、それも同じで、よくないことがおきる預言の内容であれば、このままいけばこうなるよという一種の警告であり、対策を立てることを促す目的があったのだろうと思います。ワールドメイトでは、預言というものに関してはそのように考えます。だから、よくない予言があたったことを喜ぶような人や、世間をお騒がせするようなことばかりいう人とは、そもそも予言というものに対する考え方が根本的に違っていると思います。

深見東州先生の著作「神界からの神通力」「神霊界」に詳しく書かれていますが、霊能力には正邪があると言われています。それを読むと、王仁三郎の場合は別にして、ちまたの予言などの類は、正神界からのものではない場合が多いことに気がつくと思います。

 

話を戻しますが、王仁三郎の預言の中には、もはや変えられないものもあったでしょうから、そういう場合はストレートに言ったりしていますね。東京は空襲を受けてススキノになるから逃げるよう信者に伝えていたそうです。あるいは広島に火の雨が降るが、火の雨とは焼夷弾だけではない、新兵器の戦いだと言い、広島は最後に最大の被害を受けて火の海になり、それで戦争は終わりだから、広島に住んでいる人に疎開するように言ったとか。そのおかげで戦火を逃れて助かった人が、とても多かったと言われています。

それから王仁三郎が、第二次大本弾圧事件の無罪判決が出て、6年8ヶ月もの長い収監から本部に帰ってきたのが昭和17年8月7日です。その時、今日から日本は負け始めると言いました。その日は、日本が基地を築いたソロモン諸島のガダルカナル島に、アメリカ海兵隊が突如上陸した日でした。その後凄惨な戦闘が繰り広げられ、その戦いの敗北が太平洋戦争における日本軍の戦局悪化のターニングポイントになった言われています。アメリカ海軍の大将も、「ガダルカナルの奪還、およびそれに関連する重要な海戦に成功するか失敗するかは、勝利への道の分岐点である」と述べていて、ミッドウェー海戦と同じく太平洋戦争の転換点となったと評しています。

また、日本が戦争に負けた日から、サンフランシスコ講和条約が締結されて公布される昭和27年4月までを占領期間とするなら、それは6年8ヶ月という王仁三郎が拘束された期間と同じになります。そして、王仁三郎が特攻警察に検挙されたのは、昭和10年の12月8日に、宍道湖(しんじこ)にいた時の出来事でした。そのぴったり6年後の同じ日に、日本は真珠湾(しんじゅわん)を奇襲しました。これらの不思議な符号を指して、「大本は日本のひながた」という、王仁三郎が日頃言っていたことだという人もいます。つまり、大本に起きたことは、日本にも起きるという意味なのでしょう。そんな馬鹿なことがあるかと思う人も多いでしょうけど、科学的に証明するような内容ではないので、信じる信じないはその人次第だと言えます。

戦争のことを書くのはあまり気が進みませんが、王仁三郎の予知力を知るには、もっともわかりやすいかと思ったので紹介しました。王仁三郎自身は、「1日先のことがわかれば大金持ちになれる。1ヶ月先のことがわかれば大宗教家になれる。10年先、100年先のことを見通せば、頭が変だと危険視される」と言っていたとか。たしかに世間の見方はそうかもしれません。深見東州先生も、おそらく、そのあたりのことをわかってらっしゃるように思います。