今日もワールドメイトで深見東州先生がお話しされた内容にもとずいて書きますが、まずは「列子」という本に書かれている物語をひとつ紹介します。私も「列子」は2、3回読みましたが、なかなか面白い話しが多いです。朝三暮四や疑心暗鬼などの逸話や寓話が有名ですね。

内容を手短に噛み砕いて書きます。とある百姓のところに二人の食客が訪ねてきて泊めてもらいました。その時に、飛ぶ鳥の勢いのある、なんでも叶えることができる偉い大尽様(金持ち)の話しをしはじめます。それを聞いた農家の主人は、そんななんでも叶うような偉い人のそばに行けば、食客になれると思って訪ねて行きます。そして、お大尽に会いますが、そのそばにいた食客たちが、こいつは田舎者のくせにふてぶてしいやつだと思って、その百姓をからかってやれと思い、一人になった時に話しかけます。ここのお大尽様は、なんでも叶わぬものがないほどの人だが、あの高い塔から飛び降りて怪我一つしなければ食客にして良いと言ってたぞとからかいます。百姓は、そんなすごいお大尽が言われることなら、きっとできるでしょうと言って、本当に飛び降りてしまいました。しかし、怪我一つしていません。

今度は、激流の中に金銀財宝が沈んでいて、それを引き上げてきたら、とりたててやると言われているなどとデタラメなことを言いますが、また、お大尽の言われることなら叶わぬものはないでしょうと言って飛び込み、財宝を見つけて引きあげてきます。それで、この男は本当は仙人ではなかろうかと、皆が思っていると、大尽の家が火事になり、大尽はその百姓に頼んで、大切な反物を運び出してくれと言います。すると百姓は、大尽からおまえにならできると言われたので、火の中に飛び込み、火傷もせずに反物を運び出してきました。

それで皆驚いて、今まで嘘をついてからかっていたことを詫び、どこでそんな神通力を得てきたのか聞き、これからも力を貸してくださいと頼みます。しかし、百姓は、自分は何の修行もしてないし、ただ、お大尽様のいうことはなんでも叶うしできないことはないと聞いてましたから、それを信じて夢中でやっただけだと言います。しかし、からかわれていたということを知った今、疑問の心が湧いてきた私には、もう再びあのようなことはできませんと言って帰って行ったそうです。

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こんな話しが現実にあるわけないなどと思わず、この話しから神仙に通じる大事なことを学ぶことができます。この場合は神仏を信じたのではありませんが、なんでもできないことがないという、飛ぶ鳥を落とす勢いのお大尽のいうことであれば、絶対にできるに違いないと、一点の疑いもなく馬鹿正直に信じきっていたわけです。つまり神通力とか摩訶不思議な力というものは、そういう絶対的に信じている時に出てくるということを、列子は言いたかったのでしょう。

同時に少しでも疑いを持つ心が出てきたり、がっかりしたり自信をなくしたりすると、たちまち通力は失せてしまい、摩訶不思議なことはおきなくなるわけです。そして昨日書いたような、なんでも神様のおかげでと信じきっていると、摩訶不思議なことが続くというのも、これと同じようなことだと思います。

ワールドメイトの深見東州先生は、深い学問と教養のある方で実力も研鑽努力も誰よりもされている方ですが、心の中は、この主人公のように、一点の疑いもなく信じて行動されているという点で似ているなと思いました。あの深見先生の度胸も、そして死ぬような精進努力も、神仏を信じきっていらっしゃるからできるのだと思います。

そして深見先生の場合は、やるだけやったら、結果はどうであっても、それを受け入れる覚悟まで定まっていらっしゃるように感じます。そこまでの境地境涯を持つ人は、めったにいないでしょう。だからこそ、だれもできないことでも、次々とやってのけることができるのだと思います。

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