ワールドメイトの活動ではありませんが、深見東州先生の違う分野での活動を紹介します。

深見東州先生(本名:半田晴久)は、音楽および芸術関連イベントを通じて社会福祉活動の支援を行うNPO法人・世界芸術文化振興協会の会長を務められています。

先月の5月の15日に、その世界芸術文化振興協会が主催する、「第十五回東京大薪能」に足を運びました。

思えば15年にもわたり、都庁の都民広場やお台場などで毎年薪能が行われてきました。唯一2011年だけは、東日本大震災がおきたため、中止になりました。

今年は15回目になるわけですが、いつもと違い、「日本カンボジア友好六十周年」を記念して、東京大薪能とカンボジア舞踊が2日間にわたり開催されました。

カンボジア王国特命全権大使であるハオ・モニラット閣下より、「60周年を記念して文化的なイベントをやれないだろうか」と、半田晴久会長のもとに提案があったそうです。それでこのような形になったようです。文化芸術の交流は、政治や国益などを超えたものですから、友好にとてもふさわしい気がします。

 

それにしても日本とカンボジアの国同士の友好にまで、深見先生はとても大きな影響力をお持ちなんだなと思います。日本とカンボジア国家双方に対して、高い信用と信頼がなければできないことでしょう。今年もまた、昨年に続き外務省、文化庁、カンボジア王国政府が後援しています。

また、パンフレットには、都知事やカンボジア閣僚からの挨拶も、深見先生の挨拶とともに掲載されていました。

そして内容ですが、まず15日の第1夜は日本の古典芸能を代表する能楽を、16日の第2夜はカンボジアを代表して古典舞踊がそれぞれ披露されました。

どちらも、ユネスコの世界無形文化資産に登録される、世界に誇る伝統芸術であるところが共通しています。両国の素晴らしい伝統芸術が、多くの人々が集う国際都市、東京のど真ん中の都民広場で行われることに大きな意義を感じます。この交流により、ますます両国の相互理解と友好が前進することを願っています。

詳しい内容は、下記の世界芸術文化振興協会のホームページで見ることができます。

 

http://www.ifac.or.jp/activity/nou/14_7.php

薪カンボジア舞踊

 

日程からいくと、第一日目の大薪能になるのですが、話の流れから二日目に行われた「カンボジア舞踊」の様子を書いてみたいと思います。

実はこの日、あいにくの雨模様となりました。幸い小雨でしたので、予定通り薪カンボジア舞踊は行われましたが、来場者のほとんどは傘をさしたままの鑑賞となったのです。

そんなあいにくの天気でしたが、それでも1000人ぐらいはいたでしょうか。ほんとに雨の中、私もそうですがご苦労様だなーと思います。ただこの日ワールドメイトの仲間の姿を、ほとんど見なかったです。「せっかく深見先生が挨拶をされるのにもったいないと、すこし残念でした。

 

話はそれますが、ワールドメイトの神事はともかく、ワールドメイトと関係ない公益活動の時に雨が降るのは珍しいことでした。私が参加した、野外で行われる薪能や舞台では、過去雨が降った記憶がありません。それくらい深見先生は「晴れ男」というのか、雨が遠慮してどこかにいってしまうような方です。

この日も予報では雨ということでしたが、おそらく降らないだろうとたかをくくっていたところ、この日ばかりは開演時間が近づくにつれて雲行きが怪しくなってきました。

開演2-3時間前までは大丈夫そうでしたが、その後、次々と雨雲が発生して、都心めがけて吸い寄せられようにやってきたようです。都民広場でも雨は避けられず、傘をさし、濡れた椅子をハンカチで拭きながら、「まあ、こういうこともあるのだろう」と、あきらめるしかありませんでした。

 

最初に主催の世界芸術文化振興協会を代表し、深見東州先生(半田晴久会長)の挨拶が始まりました。

まずは、雨の中、わざわ来場してくれた人たちへ感謝の言葉をていねいに述べられました。そして、海外の人も多かったようなので、「日本では、晴れると今日は大変良い日和でといいますが、雨が降ったら降ったで、今日はなかなか風情のある良い日でといいます」という日本の風習についてお話しされました。

たしかに日本では「恵みの雨ですね」とか、「良いお湿りで」などと、雨を残念なものととらえない美しい言い方があります。茶道で主人が客人をもてなすときも、晴れたら晴れたで、雨がふったらふったらで、いずれもよしとして楽しみ味わう感性が、日本の伝統芸術のなかにも伝えられています。

「なるほど、日本人はなんと豊かな心を持っているのだろう」と、雨を恨めしく思った自分をちょっぴり反省しつつ聞いていました。そして、次にお話された内容に少し驚きました。

「実は、今日披露するカンボジア舞踊の一つは、雨乞いの踊りでもあるのです」「この踊りを舞うと、カンボジアでは必ず雨が降るそうです」というお話を刺されました。この日もその踊りを開演前に練習しはじめたころから、雨が降り始めたそうなのです。

「そうか、それで雨が降ったのだ」と、ワールドメイト会員の私は、妙に納得しました。「深見先生の時は、めったに雨にならないのに、雨を降らすカンボジア舞踊とはどういうものなのだろう」と、神秘的なお話によって、雨のことも忘れ興味をそそられました。

 

アプサラ踊り

 

日本カンボジア友好六十周年記念『薪カンボジア舞踊』で披露された舞踊は、正しくはクメール古典舞踊、クメール民族舞踊、クメール古武術の3つの伝統舞踊から7曲と、日本とカンボジアの友好をダンスで表現した「フレンドシップ・ダンス」でした。

一言でいえば、8世紀後半から隆盛したクメール王朝(アンコール王朝)時代の、アンコールワット(王都の寺院)に伝わる踊りなのだそうです。そのころから宮廷では、宗教儀式の際に、神々や王に舞踊や音楽が奉納されていたそうです。今回披露された古典舞踊がそれにあたります。それに対して人々の暮らしや農作業のなかから生まれたのが、民族舞踊になります。また、今回披露されたクメール古武術のボッタカオは、クメール王朝時代の兵士が戦場での防御と攻撃に活用した武術を、現代に甦らせたものだそうです。これはなかなか勇ましいものでした。

この中から、まず、宮廷行事やセレモニーでのみ披露されたアプサラ踊りを紹介しましょう。こちらは独特のなめらかな動き、柔らかい手の動き、やや重心を低くした踊りが特徴です。 指を反り返らせる動きは、ヒンズー教にでてくる蛇神ナーガの尾を表すそうです。そういえば、このナーガ、お釈迦様が悟りを開く時に守護したそうですが、怒ると旱魃に、なだめられると雨を降らすそうです。ひょっとしてこの日雨が降ったのは、この神様が喜んでいたからかも知れません。

 

ナーガ

蛇神ナーガ

 

この踊りの語源にもなっているのが、水の精、あるいはたいへんな美貌の天女といわれるアプサラスです。この天女は神様の接待役というのか、王に代わってアプサラスだけが踊りを通じて神に通じることできると、クメール王朝では信じられていたそうです。

ということでアプサラ踊りが、とても重要な格式ある舞踊であることがわかります。カンボジア人が誇るクメール文化の華といわれ、ユネスコ世界無形文化遺産にも、2003年に登録されています。一時ポルポト政権時代に途絶えてしまったとも言われましたが、継承できて本当に良かったですね。

当日、撮影はできませんでしたので、残念ながらその優雅な神秘の舞をお見せすることはできません。でもせっかくですから、YouTubeにアップされている動画を見てください。今回来日した、トッププロの舞踊家の生の踊りにはおよびませんが、雰囲気はしっかり伝わると思います。器楽奏者や歌う人でもかなり違う感じに見えますので、3つほど紹介します。はじめは女性の歌手が歌います。

 

 

次は男性歌手が歌っているものですが、これは、かなりポップな仕上がりになってますね。画像も奇麗ですから、観光PR用なのでしょうか。

 

 

そして、こちらが一番当日の雰囲気に近かった気がします。^楽器には木琴や太鼓やチャケー(鰐琴)、コーン・トオチ(環状ゴング)などが使われているようです。歌も素朴な感じで、おそらくアンコール朝ではこんな感じだったのではないでしょうか。インドネシアのガムランにも似た、東南アジアの伝統音楽という感じです。とても不思議な魅力に溢れています。

 

 

いずれも手の指の動きに注目してください。しっかりナーガしてますね。やはりここが大切なポイントなのでしょうか。それから足のつま先の動きも独特な動きがあるのですが、ちょと映像では見えにくかったようです。

とにかく踊っている女性も衣装も、とても奇麗です。さすがアプサラスです。これにはナーガ様も癒され、雨を降らしてしまうわけです。

 

アンコール遺跡に彫られたアプサラダンスのレリーフ

 

アンコール遺跡に彫られたアプサラダンスのレリーフ。ここから再現されたそうです。

 

都庁で開催された東京大薪能

都庁で開催された東京大薪能

 

日本からはやはり古い歴史を持つ『能』が演じられました。このような両国を代表する古典芸能の交流を通じて、カンボジアと日本の外交関係樹立60周年を祝うのが今回のイベントの趣旨だったそうです。

駐日カンボジア大使のモニラット氏は、「文化は国民のアイデンティティーを確立し、異なる国民との間に個人対個人の友情を育むのに欠かせない役割がある」と述べられていました。 そして、東南アジア最古の文明であるクメール文化の粋を見ていただく機会を実現して下さった、半田晴久会長(深見先生)に謝意を表されました。

それを聞いて、今年の春に開催された深見東州個展で挨拶されたエジプト大使の言葉を思い出しました。たしか同じようなことを言われていたと思います。エジプトの文化芸術に多大な貢献をしていただき、日本との友好にもつながったと感謝されていました。

「ああ、そうやって深見先生は芸術を通して、世界中の人々との友好を深めてあるんだな」と、感じました。同時に深見東州先生という個人の範疇に留まらず、国同士の理解の架け橋にもなるに違いないと思います。

これが文化交流を行う大事な意義なのでしょう。だから、各国の首脳や大使等は、自国の芸術文化と教養に深く嗜んでいるのでしょう。そうじゃないと、海外では相手にされないとは言いませんが、やはり馬鹿にされ低く見られてしまいがちになるかと思います。

 

一時期、日本が『エコノミックアニマル』などと蔑称されていたこともありました。それなども、そういう部分と無縁ではないと思います。海外の政治家、外交官、あるいは企業家などは、遊び心の豊かな魅力ある人物が多いそうです。海外のエリートは、抜群の実力を持っているだけでなく、スポーツをこなし、絵を描き、楽器を奏でる、ダンスを踊るなど、そんな人が多いようです。バージン・グループ創業者のリチャード・ブランソン氏などは、そんな典型のような人物でしょう。

日本人でも、ソニーの盛田さん等、なかにはそれに近い人もいますが、全体的に日本人は海外の、特に欧米のエリートからすると、面白みに欠けると思われているようです。少し残念です。

話が脱線していますが、世界で最も影響力のある◯◯ランキング などでは、なぜか、ほとんど日本人が選出されません。選ぶのが欧米人と言うハンディを差し引いても、こういう結果にも表れている気がします。優れた人として選ばれる条件はいろいろあるのでしょうけど、芸術文化に造詣が深いことはポイントが高い気がします。それによって、お互いがわかりあえるようになるから、結果として世界中のより多くの人に影響を与えることができるのではないでしょうか。芸術文化は、言葉が通じなくても理解できるし、そこには国境や民族の壁もありません。ビジネスや政治的な国益の対立をも、円滑にまとめていくだけの力を秘めているのだと思います。

 

同じようなことは、スポーツにもいえると思います。特に、ゴルフは相手を打ち負かすよりも、己のスコアとの戦いで、マナーを重視するスポーツですから、そういう交流や社会貢献にはもってこいかもしれません。

さすがに日本でも最近は、会社で社長がゴルフをすることに文句を言う社員はいなくなったと思いますが、少し前まではそんなことでさえ、贅沢なことでもしているかのように悪くいう人がいました。本当に何もわかってないというか、海外のエリートからすれば、まるで笑い話でしょう。ゴルフを通して相手とのコミニケーションが深まり、多くの難しい交渉がうまくまとまることも多いわけですから、むしろ、ゴルフをやらないほうがまずいでしょう。加えて健康管理,ストレス解消の面からも、トップがゴルフをしないことの方が、よほど不利益になると思います。いまさらいうことでもありませんが。

ワールドメイトの深見東州先生が、あれほど海外で高く評価されているのも、今日書いたことと無縁ではないでしょうね。本当は、深見先生のような日本人がもっともっと出てくれば、世界における日本の評価もかなり変わってくることでしょう。そういう日がくることを、密かに願っています。そうなるまで、深見先生にはぜひとも頑張っていただくしかないですね。

ということで、話が予定外の方向へ流れましたが、次は、クメール文化と映画の話題について書いてみようと思ってます。

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