以前も載せたかもしれませんが、「世界的二人の巨人」というブログ記事を今日は紹介します。これを書いたのは、ゴルフタイムスという雑誌を刊行している会社の社長さんのようです。

 

現代の巨人、一人は、半田晴久であり、もう一人は、スキヤーで冒険家であり、登山家である三浦雄一郎である。今日は、半田晴久について、詳述する。

彼は、現代のレオナルドダヴィンチである。深見東州と戸渡阿見という別名も駆使している。劇団公演も東洲定期公演を成功させ、また、ジュリアーノ出身の声楽家でもあり、ヴェルディ作曲の傑作、オペラ、(ナブッコ)の主役を演じ、一流であることを証明して見せた。

(中略)

深見東州の演出に感激した世界的歌手、コナル・コード(ベルギーの英雄)や女性歌手、マリー・テ・ハプク(ニュージランドの歌姫)は、いう。こんな素晴らしい洗練されたオペラはかって、経験がないと。日本で開催されたオペラは、主役が外人で他は、日本人だが、このナブッコでは、主役が日本人で他が外人という全く逆の演出であった。堂々と(愛するわが地球よ)歌いきった深見は、世界的オペラ歌手に対等以上に大きく見えた。現代に文化を高揚させる深見は、凡人ではない。だから、一般人の枠組みでは、評価できない巨人である。

 

楽団に160ケ国以上で公演するハンガリーのソルノク市立交響楽団を招聘したのも、深見の洞察力の根源を知る一ページである、いかに深見が国際派でしかも、実際に、言動を一致させ、地球という惑星の中で蘇生しているか、驚くべきエネルギーの放出量である。深見は、慈善家活動でも、人を寄せ付けない。全盲の世界ゴルフ大会のスポンサー並びに主催者でもある。

(中略)

 

絵画にしても、凡人離れの奥深い哲学の絵画をものにして、見る者に感銘を与えずには、いない。画集は、手に入りがたいが、入れば、家宝になろう。また、能の世界も、世阿弥が現存すれば、称賛するほどに、薪能を披露している。記者は、喜多流の能楽の切れ端にいるが、深見は本門の能楽を極める巨人である。数ケ国語を操り、英語は自由で、しっかり演説も原稿なしに、Nativeの言葉を話す。また、食にかけては、通人として、自分で料理を探索する。 食道楽ではない。食の文化を活性化する巨人である。

だから、記者は、半田晴久の世界は、凡人の届く範疇を飛び出て、知る人が知る、現代の巨人のなかの巨人であると認識をしている。

彼を評論するには、記者は、なんども、生まれ変わらなければ、詳述すること叶わず、という世界にいるが、諸氏には、巨人として記憶してもらいた。自分が初めてあったケネデイ大統領が偉大であると思ったが、巨人ではなかった。巨人と思わなかった。

半田晴久は、本物の巨人である。もう一人は、80歳でエヴェレスト挑戦をする、スキーヤーの三浦雄一郎である。その陰で、妥協を許さない猛トレーニングは、凡人の及ぶところのものではない。

現代の日本に、世界に誇れる巨人は、この二人しかいない。

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という内容ですが、とても正しく評価されているのではないかと思います。

きっと、深見東州先生主演のオペラ、能楽、絵画を見られたのでしょう。その道に造詣がある人なら、この方のように素直に驚かれるのがふつうではないかと思います。

さらに、深見東州先生にふれるうちに、この人は尋常ではないと感じられたのでしょう。だから世界に誇れる巨人という表現が出てきたのかもしれません。

このように文章ではっきり書かれると、ワールドメイト会員の一人としてはとても嬉しく思います。

 

一般的にいうと、日本人の場合、頭のなかで素晴らしいと思っても、それをそのままを堂々と文章で書く人は少ないと思います。特に、特定の人をべた褒めすることには慎重になるようです。

本当は私のような古いワールドメイト会員に言わせると、「ここに書かれている内容は、ほんの一部にしかすぎませんよ。まだまだ驚くようなことが、たくさんあるんですよ」と、言ってみたくなる気持ちもありますけどね。

 

一方で、深見東州先生の、海外の著名な友人の方たちは、「こんな万能の天才は見たことがない」とか、驚きを最大限の言葉で率直に表現される場合があります。

それはあたかも、西洋の舞台芸術を代表するオペラと、日本の伝統的な舞台芸術である能の、表現方法の違いに似てる気がします。仰々しいくらいに感情表現するオペラと、ぎりぎりまで省いて最小限度の動作で感情表現する能と、それらに象徴されるような違いが国民性にあるのでしょうか。

芸術の世界においては、どちらが良いとか悪いとかはありませんが、日常生活や、文章の世界では、あまりおくゆかしすぎると、真実が正しく伝わらないことが多くなってしまうでしょう。

本日は日本人には珍しく、ストレートに堂々と賞賛した文章でしたので、改めて紹介しました。こういうチッぼけな偏見をかなぐり捨てて堂々と書いてくれる記事が、日本でも増えてほしいと密かに願っています。

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