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ワールドメイト神法悟得会入門篇

ワールドメイトに入会したことで、神様に正しく祈るとおかげが出ることを知りました。同時に、おかげ信仰になりやすいことも知りました。

 

ワールドメイトで本当の祈り方を教えてもらうと、証(おかげ)をはっきりと体験できるようになります。それにはまず、祈りの基本となる神法悟得会入門編という深見東州先生の講義を聞かなくてはなりません。すべてはここから始まるといってもよい、とても大切な内容です。

ワールドメイトで正しい祈りを習う

どうしたら神様が人間のために動かれておかげを下さるのか。この一点がわかるために深見東州先生も、何十年も試行錯誤をされたそうです。その末に、これで間違いないという法則を体得されて、それをさらに言葉でわかりやすく説明をされたのが、その内容です。

 

しかし、説明を聞いただけで終わってしまっては、使いこなしたことにはなりません。ノウハウとは、なにかを成功させるときのコツのようなものでしょうから、聞いただけではダメで、できるようになるまで、反復練習が必要になります。ここまでは、だれでもわかることですが。

 

神様のおかげというと、本当にそんなものがあるのかなと思う人もいるでしょう。神様の存在はなんとなく信じていても、神様にお願いしたからといってその通りになったためしがないために、そういう思いになるのでしょう。無理もないことです。そういう半信半疑な人でも、ワールドメイトでこの話を聞けば必ず納得できます。そしてた習った通りの祈りをすると、すぐに証が出ると思います。

 

実際にあったことですが、ある人はワールドメイトに入会して、初めてその祈りをまだ習っている最中に願いが叶ってしまったそうです。今月の営業の成績がひどく落ち込んでいたので、売り上げが上がることを願ったそうです。そうすると、その5分後に、ある顧客から電話があり、大きな契約が成立したのです。

うがった見方をする人からすれば、まったく偶然に過ぎないと思うでしょうけど、なにより本人が一番驚いていたそうです。考えられないことがおきた。しかも祈ったすぐ後に。その人は神様はいることを確信したそうです。

 

そこまで鮮やかではなくとも、その祈りを習ってその通りにやったワールドメイト会員からは、ほとんど良い結果が聞かれます。はじめから突拍子もないことは願わないと思いますが、現実的に切実な願いをその祈りでやると、ほとんどの人はなんらかの証をいただく体験をしています。

 

喧嘩している母親と仲直りができますようにとか、どうしても売り上げがこれだけ上がらないと会社に叱られてしまうからとか、そんな日常的な願いにたちまちのうちに証が出てくるのです。

一見、それは祈らなくても一生懸命やればできることなのかもしれません。でも、本人にとっては切実であり、どうしても失敗できない問題です。それが簡単には解決できなかっただけに、その願いが叶うと神様の存在を実感できるようになります。そうすると、神様を信じる確信力のおかげで、ますます証は出やすくなると思います。

 

はじめは、そういう些細なものから体験を積んでいき、あるとき、本当に奇跡的な体験へとつながっていくものです。私も、びっくりするような証を何度かいただきました。ここでは書きませんが、それは偶然にそうなる確率は、ほとんどないようなものばかりです。

証が出ると、おかげ信仰の問題もおきる

皮肉なことに、どうしようもないような問題を次々と抱えてるときの方が、そういう証の体験をするにはうってつけのようです。なにもなくて、平穏無事なときというのは、神様に必死で祈ることがないので、証の体験もなかなかできにくいように思います。

 

哀しいかな、人間というのは切羽詰まるようなことでもないと、真剣に祈らないものです。そこが人間の愚かなところなのかもしれません。そのために気をつけなくてはならないこともおきてきます。それは困ったときの神頼みという、いわゆるおかげ信仰に陥りやすいことです。

 

ふだん、調子よく行ってるときは、たいした祈りもしてないのに、ひとたび何か問題が起きると、とたんに真剣に祈り始めるわけです。それでも神様は聞いてくれなくはないでしょうけど、そればかりだと、だんだん聞いてくれなくなるようです。そもそもワールドメイトの入門編で習う祈りの基本からもずれていますから、当然なのですが。

 

継続は力なりで、ふだんからその祈りを真剣にやっている人の方が、やはりいざという時も願いが叶うものです。これが公平であるし、おかげが出る原則なのでしょう。だからおかげが出る祈りの体験をしても、同時に、おかげ信仰が始まっていることも知って、おかげ信仰にならないような毎日の工夫をして、困った時に足元をすくわれないようにしたいものです。

 

本当の愛とは何か

本当の愛って何?

ということで、究極の祈りの内容についてはここで詳細は書けませんが、一つヒントになるようなことを、深見先生の市販されていく著書から紹介しておきたいと思います。

 

普通、愛とはなんですかと聞かれると、どう答えるでしょうか。私は男女の恋愛や親子の愛などが真っ先に浮かびました。男女の恋愛の中には愛というものがあると思いますし、また、親子になれば、恋愛とは少し違った形ですが、やはりかけがえのない愛が存在すると思います。中には親兄弟同士でも愛がなく、憎しみならばあるという人もいると思いますが。

 

それでもすぐに思い浮かぶのは、男女の恋愛の好きという感情から来る愛情、また、親子や兄弟に感じる肉親への愛情ではないでしょうか。恋愛の愛は、あくまで相手のことが好きでたまらないから、そこから来る愛情でしょうし、親子の愛も、血が繋がっているからこそ成り立つ家族愛と言えます。友人たちへの愛情も、同僚や部下への愛情なども、普通は、その次くらいにくるものでしょう。人によっては、友人への愛が家族よりも上に来る人もいるかもしれません。

 

しかし、たとえばキリスト教では隣人愛を説いています。これになると同じ愛でも博愛と呼ばれるような、なんとなく崇高な愛を思い浮かべる人が多いでしょう。私もワールドメイトに入会する前までは、そういう隣人愛のように利害関係もなく、血縁関係もなく、惚れているとかそういうこともないのに、愛することができるのが本当の愛なのかなと、漠然と考えていました。

 

では、そういう博愛のような愛が自分にあるのかというと、これがなかなか難しいものです。マザーテレサのようには、到底なることはできません。いや、キリスト教徒の博愛精神のある方にも到底かなうものではありません。でもときどきでしたら、かわいそうな人を見たりすると、思いやる気持ちが湧いてきますし、なんとかしてあげたいと思ったりします。中には、そんな人を見ても、ほとんど何も思わない人もいますから、それよりはマシかなという程度ですが。

 

日本人の多くは、おそらく似たりよったりだろうと思ってましたので、特に悩むこともなく過ごしていました。そんな私が、ワールドメイトに入会して、愛というものについての見識が変わっていきました。

愛とは愛という情のこと

ワールドメイトに入会すると、深見東州先生から愛について、愛とは愛という情のことですという話を聞きました。そして、これはすぐに理解できました。むしろ、なんで今更そんなことを言われるのかなと思ったくらいでした。

 

それは愛というものを観念的に、哲学的に思考してしまう人が多いからというのを後から知りました。愛を難しく理屈っぽく考える人がいるようで、それでは本当の愛にはならないわけです。

 

愛とは概念でも観念でもありませんから、愛情のことだと思ったら良いと思います。不幸そうにしている人を見て、なんとか幸せになって欲しいと思う時、愛という情が出ていますね。そこを最低わかってないといけないところです。観念的に愛を考えてしまう人の場合は、神仏を動かして証が出るというのが、なかなか難しくなると思いますので。

 

それとは別に、愛情が出なくなってしまった人も、たまにいらっしゃいます。何かひどいことをされてトラウマになっているとか、いろんな原因があるようです。ワールドメイトでは、そういう心の傷を持った人でもだんだん回復することがあります。ほっておくとあまり良くないと思いますので、神社で傷ついた心を治してもらうように祈願するとかをした方が良いでしょう。

 

ワールドメイト会員でない人でも神社でなら祈願ができますし、また人形形代という祈願もできますので、それで回復する場合もあります。本来ならば、人は必ず豊かな愛情を出せるのが本当でしょうから、万が一、そうでなくなってしまった場合は、元に戻るように是非したいものです。ということで愛が情であることを、とりあえず理解しておけば良いと思います。

愛をいつでも出せるようになるには

では、その愛情を出してくださいと言われたらどうすればいいのかです。愛の情なんて、そう始終出てくるものではありませんね。やはり特別な時にしか出てこない気がします。ただもしかすると、愛に満ちていていつでも出せる人もいらっしゃるかもしれません。また、そこまでいかなくとも、それに近いような人はいるでしょう。でもほとんどの人は、愛情をいつでもすぐに出せる状態には、滅多にならないようです。

 

そこで、深見東州先生がワールドメイトでお話しされた内容は、どんな本にも書かれてなく、どんな人の名言にもなかったと思われる言葉でした。未だかつて愛を出すのに、こんな説明をされた人はいないのではないかと思います。初めは意味がわからずポカンと聞いていました。

本当は、このお話の部分を大変詳しくお話されているのが、先ほどのビデオなので、それをワールドメイトで見るのが良いのですが、今日は、「本当の愛とは何か」という市販の深見東州先生の著作から一部を紹介しています。

 

その著書で、どうやったら愛念が出せるのかに触れられ、愛念を一言で言うとそれはセリフですと書かれていました。愛念を出そうと思ったら、セリフに出すことですと書かれています。これだけではわからないと思いますが、ここに重要なヒントがあります。

愛念は、出そうといくら力んだところで出るものではありませんが、愛念がなければ出てこないようなセリフを言っていると、愛念が出てくると書かれています。この簡単そうで簡単ではないことがわかるまで、私も時間がかかりました。これがわかってくると、祈るときに愛念が出せるようになってきます。

 

ところで深見先生の凄いところは、祈りの初心者でも愛念をすぐに出せるノウハウを会得されていることです。なので、本当の意味が十分にわかってなくても、ワールドメイト会員は愛念が出せるようになります。そして、それを続けているうちに、徐々に本物になっていくことができます。ここが、ワールドメイトに入会したら神様の証がよく出るという、重要な秘訣の一つではないかと思います。

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