深見東州(半田晴久) 氏の年間イベント一覧
信仰心を磨くことは幸せの近道になるのか?

2020年は観測が始まって以来、日本も世界も平均気温が最も高かったそうです。今季の日本の冬は前の冬に比べると一転して寒い日が多いですけどね。そして新型コロナの感染も、日本では気温の低下にともなうかのように拡大していますね。世界で判明している累計陽性者も1億人を超えましたが、同時にワクチン接種も始まっていますので、春に向けて収束に向かうことを祈っています。

ところでワールドメイトでは、冬の時期は学びを深めるのに最も良い季節でもあります。また、1月1日の元旦、そして今年は2月3日となる立春(節分は2月2日)は神々のお正月ということで、それぞれ違った趣ですが、一年の計は元旦にありとも言います。本年の様々な計画や予定が立つ時期でもあります。

同時に去年一年は、どれくらい目標を達成したのか、など現実的な事柄を振り返ってみる人も多いでしょう。そして私のようなワールドメイト会員は、この時期に、人生の意味を原点に戻って考える人もいます。年中忙しくしていると、ついつい現実に流されていきます。世の中ではそれが普通だとは思いますが、だんだんと気が枯れ、元気なようでいても、何のために頑張っているのか分からなくなります。どこかで虚しさを感じる瞬間もあったりもします。そのままの状態では、やがてどこかで行き詰まることになるかもしれません。

そこで、やはりこの寒い時期に、しっかりと内面の奥深いところまですっきりと、綺麗にしておきたいところです。夏の行動的な季節では、なかなか内面の奥深いところの変化には気がつきにくいですが、この時期は、ふだん気がつかなかった心の奥の些細な変化や、歪みにも気がつく機会が多いように思います。そして、それを良い方向に修正する機会でもあります。

たとえは悪いかもしれませんが、古傷や一年間の溜まった疲れをしっかりと癒し、今年一年元気に活動できるようしっかりとエネルギーをチャージし、準備する感じでしょうか。

ワールドメイト会員になる人でしたら、多かれ少なかれ、神様への信仰があるかと思います。信仰心までは行かない人でも、神様やスピリチュアルなことに対し、何らかの関心を持つ人がほとんどでしょう。

私もワールドメイト会員になって、いつのまにか30年ほどが経ちます。毎年この時期に感じるのは、信仰心を磨かれる、あるいは試される、そんな機会が起きることでした。

信仰力とは、仕事における才能や技量と違って目に見えにくい内面的なものと言えます。信仰力がついても、現技術の向上のようには、目に見えてわかりにくいものです。また、その進歩の階段は、一から初めて少しづつ積み重ねて9までくると、次の10に行くには少しの飛躍がいるようです。一桁から二桁へ行くのには、少なからず次元が変わるからでしょう。

同様に10から始めて一進一退しながらも、積み重ねて99までくると、やはり100の三桁にいくにはかなりの飛躍がいるようです。そこでうまく飛躍できなければ、そこで止まってしまうかもしれません。

そのように大きく内面が変わる、信仰力が格段に進化する時に、この冬の時期が絡んでいたように思います。

個人的な経験ですが、ある年の冬、いろいろなことがあり、それまでの仕事に挫折したことがありました。信仰のない普通の生活をしていたら、ショックで絶望的な気持ちに陥ったかもしれません。

しかし諦めが悪いのか、当てがないまま何とかしようという気持ちだけはあり、もがいて行動するうちに突然チャンスが巡ってきました。そして立ち直っていくわけですが、その時の経験を通じて、私の中で何かが変わったと思います。

今思い返しても、その体験を再び経験したいとは思いません。しかし、そのおかげで自分自身が大きく変わり、結果として環境も激変し、何もかも進化することができたと思っています。

あの体験によって、無理矢理にでも次の次元に引き上げられたのだろうと、今にしてわかります。ある程度の段階までくると、時期が来れば神様の方から引き揚げてもらえるのでしょう。それに乗っかるか、のっからないかの選択の自由はありました。あとは本人の気持ち次第だと思います。

少し話は変わりますが、信仰心を磨くというのは、すごく大事なことだとつくづく思います。もしかすると、人生で一番大事なのかなという気もしています。なぜなら信仰力が身についてくると、何か挫折するようなことが起きても、何とか乗り越え立ち上がることができると思うからです。その暁には、自分自身も以前に比べてずっとたくましくなっています。また、それに伴うかのように現実的な環境も変わっていきます。

ワールドメイトで学んだことですが、深見東州先生によると人はそれぞれの人生のテーマを持ってこの世に生まれてきているとのことです。様々なテーマを、生まれ変わり死に変わりしながら磨いているそうです。より豊かに、より充実した人生になるように、最終的に観音様のような大自在で、何でもできるような素晴らしい人になるためにです。

今回はそれ以上詳しくは触れませんが、そのテーマとは、学問(真)、芸術(美)、そして信仰心(善)という、3つの側面からなると言われています。

そこで、私たち人間にとって幸せとは何なのでしょうか。おそらく、人によって幸せの価値観は千差万別に違うと思います。いろいろな人がいるわけですから、幸せに関する多様な価値観があって当然だと思います。しかもその価値観も、年齢と共に変わることが多いです。また、環境や経験によっても大きく価値観が変わることがあります。

若い頃はお金と素敵な伴侶、やりがいのある仕事が生きがいであり、何よりも幸せだと思っていた人が、やがて社会に貢献することや、困っている人を助けることに最大の幸せを感じるようになるケースもあります。その人の幸せの価値観と言っても、必ずしも決まっているわけではないと思います。

一つ言えるのは、一時的な幸せよりもずっと続く幸せの方が、また、どんな環境においても幸せになれることが、神様が願う人の幸せなのではないかと思います。それがより文化的で内面的にも豊かで、大きく深いものであれば言うことはありません。さらに言うと、この世でも、あの世でも、また来世も幸せになる、いろんな次元で幸せになれる方が良いと言えるでしょう。

そうなるためには、先ほどの真善美のテーマに沿って、人は死ぬまで磨き続けることが大事になってきます。中でも信仰心を磨くと、先ほども書いたように挫折しても立ち上がることができるバネになります。諦めたり、投げ出したりすることもなく、貫き通すことができる精神が養われるわけです。そうすることで学問でも芸術でも仕事でも、止めずにずっとやり通すことができるわけですね。その人の一生のテーマを全うすることにもつながりますので、それが幸せへの近道になるのかもしれません。

最後に、ずっと信仰を続けていくと、なぜかだんだんと自分のことよりも、周りの人たちや、あるいは社会や世界の人たちのことに関心が向いてくるようになりました。自分自身のことはどうでもいいと言うのではありません。まず、最初は自分自身が幸せにならないと、人のことを考えることもできませんからね。

信仰を持つ人々は神の存在を信じ慕いきっているわけですから、必然的に信じている神様の霊流、平たく言えば神様の良い影響を受けていると想像します。神様は、間違いなく人類みんなが幸せになってほしいと思っているでしょう。ただ肉体を持たないので、生きてる人間が努力することで、人類みんなの幸せを成し遂げて欲しいとおもっていると思います。信仰を持つ人たちも、正しい神様を正しく信仰することで、神様の願いと同じような気持ちが湧いてくるようになるのだろうと思います。

ワールドメイトでは、神様と会員の間を深見東州先生がとりもって下さいますが、その深見東州先生は最も神様の影響を受け、体現されているように思います。なのでワールドメイト会員は、神様だけではなく、深見東州先生の良い影響も強く受けている人がたくさんいると思います。だからと言って、深見東州先生のようになれる人は、滅多に現れないと思いますが。

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