今年の3月のお話ですが、「深見東州作品展」に行ってきました。
ワールドメイトの深見東州先生は、お誕生日である3月18日にあわせて、毎年、絵画の個展を開催されています。書もあるので正確には書画展になるのでしょうか
今年も、ラフォーレミュージアム六本木で、「こってんと転ぶ、古典的な雪の上の個展」というユニークなタイトルで開催され、多くの人々が観にいったようです。
今年は、係りの人の説明では、80数点の新作絵画があるとのことです。また、ここ数年以内に描かれたものとあわせて、約150点の作品が展示されているとのことでした。
また、深見東州先生がデザインされた服飾の作品も展示されていました。これは、以前、ファッションショーで使われたものだそうです。
深見東州作『真如堂の「花の木」の紅葉は真っ盛り』 樹木の幹の青の色使いが妙に新鮮です。
ところで、深見東州先生の絵画は、ひと言で作風を言い表せるような単純なものではありません。私の浅学では、20世紀を代表する画家のピカソやマティスを彷彿させるところもあります。そのピカソは何度も作風を変えてきた画家であり、「画家にとって最悪の敵はスタイル」という言葉を残していて、そういう部分も含めて共通する部分を感じます。また、生涯に約13,500点の油絵と素描、100,000点の版画、34,000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作してますが、その爆発的な創作活動力も、似てるかなと思ったりします。
深見東州作『善福寺公園の紅葉』
上の作品とは、樹木の描き方がまったく違い、写実的に描かれています。
深見先生は画家ですが、しかし画家だけを専門にしていません。むしろ、画家として費やされる時間は、一年を通して数日ではないでしょうか。今回は、この作品展のために、半日こもられて十数点の大作を描かれていたそうです。単純計算では一作1時間以内と言う、驚異的なスピードで描かれています。さらに、個展の当日の朝も、深夜から数時間のあいだで小作品を30点近く書かれたとも聞きました。
とにかく、信じがたいような創作意欲です。このペースなら、作品数でピカソを超えることも夢ではありませんが、あいにく絵に専念することはできない方なので、実際は無理でしょう。
余談ですが、あの出口王仁三郎も、晩年に短期間で3000個の耀碗を制作していました。もちろんただの楽焼きなどではなく、心血注いだ美術品として評価されています。そういう型破りな天才たちによって、その時代の文化はつくられてきたのでしょうね。
「どうすれば、あのように描けるのだろう」
「どうやって描かれたのだろう?」
深見東州先生の作品展では、そういう不思議なタッチや技法の作品が、毎回いくつか見られます。
私よりは絵に詳しいワールドメイト会員の知人に聞いても、見たことない技法だなんて言ってます。ひょっとして、普通の画材で描かれてないのかもしれません。
今回の新作では、巨大なハケで描いたかのような、太くてダイナミックな動きのある線が、どう見ても描き方の想像がつきません。まるで生きものの龍のように見えたりもします。そんな迫力のタッチが、目に焼き付いてます。
それから色使いの鮮やかさ、美しい取り合わせの絶妙のバランスは、深見先生の絵画を語るうえで欠かせない特徴ですが、もちろん今回も健在でした。
毎回毎回、斬新な色使いのパターンが登場し、見る人を引き込みます。色彩に関する自由で大胆かつ絶妙なる表現は、誰も真似ができないところまでいかれている気がします。
また、ありきたりな表現の絵も少ないです。たまに写実的な絵画もありますが、多くは、独創的なモチーフを描いた、あるいは誰も思いつかないものを描かれた絵が、かなりあります。 かといって難解な絵という印象ではなく、絵のタイトルを見ると妙に納得してしまうのでした。
こういうひらめきや創造性が、私のような普通の人間とは違いすぎるのでしょうね。ワールドメイトの知人と、「どうしたらこのようなものを思いつくのだろう」と、いつも感嘆しています。
絵に興味のある人は、ぜひ一度、間近で原画を見てもらいたいです。原画を見ると、この言葉にできない素晴らしさが伝わるかもしれません。きっと、「こんな絵を描く日本人がいたのか」と驚くかもしれません。実際、何も知らずに見にきた人で、「こんなすごい絵を描く画家が日本にいたんですね」と、そんな感想をいう人がけっこういるそうです。
爆発的な創作エネルギーの噴出を感じた、「2013年深見東州作品展」を観ての感想でした。
こちらは、3年前の開幕式の様子。深見東州(半田晴久)より。
嬉しいことに、今ならインターネットテレビ放送のHANDA.TVで、深見東州先生の2013年個展全作品を見ることができます。私も、改めて見ました。現物の迫力にはかないませんが、それでもかなりよい感じで映ってますので、じっくり鑑賞できます。
HANDA.TVは、こちらから、どなたでも見ることができます。
ログインしたら、お見逃し番組の『美』というカテゴリーに、『こってんと転ぶ、古典的な雪の上の個展』①~③があります。そこからアクセスすれば、ダイレクトに個展の番組に飛ぶことができますので便利です。
①~③すべてに、個展初日の開幕式で、深見先生がご挨拶をされるシーンを見ることができます。開幕式当日は平日の午前中でしたので、出られなかった私は、ここで見ることができてありがたいです。見にいったワールドメイトの仲間が、開幕式もとてもよかったといってましたので。
その開幕式では、国内、国外のさまざまな著名なゲストの方もかけつけていたそうです。そのひとり、カンボジアの外務副大臣カオ・キム・ホルン氏は、「Dr.半田(深見先生)も私たちと同じ24時間しかないはずなのに、どうしてこれだけ多くの(分野で)活躍ができるのだろう」と、しみじみと述べられていました。
日本のあるゲストは、「現代の天才、他に探そうと思ってもこういう方は絶対見当たらない、現代のミケランジェロだ」という表現をされてました。私はダヴィンチに近いと思いますけどね。
それで、深見先生は挨拶の中で、「オペラでも能でも絵画でも何でも、やるコツがあるんですよ」と言われていました。それは、「大げさに考えない」ことだそうです。「何がオペラだ、何が油絵だ」と、思うとできるのだそうです。
なるほど~、これは簡単な言葉ですが、深いところをついてるように思います。
「人間は、すごいものだ、偉大なものだと思えば思うほど、それができなくなってしまう」のだそうです。でも、できなければゼロですからね。たとえ下手でもやるほうがいいということで、「何がオペラじゃ、何が油絵じゃ」と考えればやれるそうです。そして永遠に未完成のまま、謙虚に続けていけば、だんだん上手になっていくのでしょう。
たしかに大げさに考えて、なんでも始めから上手くやらなければとわずかでも思うと、なかなかとっかかることができないです。そうすると、永遠に上手くなるはずがありません。なにもできないまま、終わってしまうかもしれません。
とくに、深見先生のように、たくさんのことをやろうとすれば、ひとつひとつにそんなに時間をかけることはできないのですから、とにかくやるしかないわけです。そのときに大げさに考えてしまって、あしぶみしている暇はないわけです。
あれもこれもやれる人は、ひとつひとつを大げさに考えず、どんどんされているのでしょう。でも、やりはじめたらどんどん工夫や研究が進み、結果的に早くやれるようになるのでしょう。単純ですが、気がつかないコツですね、これは。「難しいものほど単純に考える」ということでしょうか。何かやれそうな気がしてきました。