パラリンピックに向けた動きも、半田晴久会長による障害者ゴルフ支援活動

今から34年前の1988年、ブラインドゴルフを日本に初めて紹介したのが深見東州先生でした。それ以降、日本と世界のブラインドゴルフを支えてきたと言っても過言ではないでしょう。2006年に、スポーツの社会貢献と障害者スポーツの幅広い振興を図るために国際スポーツ振興協会(ISPS)を設立し会長に就任されると、ブラインドゴルフの普及、およびパラリンピック正式種目採用に向けて、いっそうの取り組みをされてきたと思います。

具体的には、各国のブラインドゴルファーが一堂に集う世界選手権大会の開催、また、英国、アメリカ、カナダ、アイルランド、オーストラリア、イタリア、南アフリカ、そして日本における複数のブライドゴルフ大会の開催などを2006年から今日まで支援してきました。

ただ、ブラインドゴルフは障害者ゴルフの一部門にすぎませんから、それ単体でパラリンピック種目になることはないでしょう。それでブラインドゴルフを含む障害者ゴルフ全般へと、支援の幅をさらに広げていかれました。

私が知る限りにおいては、2012年から英国PGAの協力により、多くの盲人や障害者ゴルファーが専門的なコーチングを受けれるようにするISPSハンダ PGAアカデミー・プログラムをヨーロッパで開始されています。

日本では、2012年に障害者スポーツの国体と言われる「全国障害者スポーツ大会」ぎふ清流大会において、障害者ゴルフのオープン競技、および競技に向けてゴルフリハーサル大会を支援しました。2013年には「スポーツ祭東京2013デモスポ障害者ゴルフ」を開催しました。

また2013年からは、日本プロゴルフ協会(PGA)との共催で、「PGA HANDA CUP・フィランスロピー障害者ゴルフ大会」が毎年開催されるようになりました。この障害者ゴルフ大会は、PGAがフィランスロピー精神に基づいた社会貢献事業の一つとしてはじめたものです。実際の支援は2008年から始まっていたようです。

この2、3年は新型コロナの影響で、ゴルフ界も大きな影響を被り、大会の中止も相次ぎました。障害者ゴルフの大会も例外ではありませんが、新型コロナが流行する直前の2019年12月には、メルボルンで開催されたプレジデントカップと並行して、「ISPS ハンダ 障害者ゴルフカップ」が開催されました。この大会はプレジデント・カップの形式に似せて、オーストラリア選抜VS世界選抜という形で行われ、世界選抜が優勝しています。

そして昨年2021年は、北アイルランドで8月に開催されたヨーロピアンツアー「ISPS HANDA ワールド・インビテーショナル 」と同時に、同じコースで障害者ゴルフトーナメント「ISPS HANDA ワールド・ディサビリティー・インビテーショナル」が開催されました。

また今年2022年は、1月にハワイで開催されたPGAツアー「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」と同時に、同じコースで「ISPS HANDA オール・アビリティーズ・チャンピオンズ・プレーオフ」という障害者ゴルフ大会が開催されました。この大会は、世界の主要な障害者ゴルフトーナメントで優勝した4人の選手だけが出場できる、障害者ゴルフ世界一を競う大会だったようです。

優勝は全米障害者オープン優勝の米国の義足のゴルファーでしたが、この大会に出場していたアイルランドのブレンダン・ローラー氏は、国際スポーツ振興協会のアンバサダーです。生まれながらにして手足が短い「エリス・ファンクレフェルト症候群」という難病を患いながらも、障害者ゴルフに生きがいを見出し、障害者ゴルファー世界ランキング1位にまで上り詰めました。その前には障害者ゴルファーとして初めてプロに転向し、障害者ゴルファーとして初めてヨーロピアンツアー(レギュラー)への出場も果たしています。

今年の4月に、日本で開催されるDPワールドツアー(旧ヨーロピアンツアー)「ISPS HANDA 欧州・日本どっちが勝つかトーナメント!」へのスポンサー推薦による出場打診を、半田晴久会長(深見東州先生)が行っていると言われていました。日本も厳しい入国制限が行われていますが、ぜひ、出場できるといいですね。

書き忘れていましたが、国際スポーツ振興協会の冠トーナメントにおいては、プロアマ大会にブラインドゴルファーをはじめ、障害者ゴルファーたちを数名招待されているそうです。プロの有名選手たちと一緒にラウンドができる上に、レッスンも受けられるということで、障害者ゴルファーたちにとって、大きな励みになっていると聞きました。

同時にプロゴルファーたちにとっても、ブラインドゴルファーや、さまざまな障害を持つゴルファーが元気にプレーする姿を見ることは、驚きと感動を禁じ得ないそうです。プロゴルファー自身のゴルフに対する考え方にも、少なからず良い影響を与えているようです。

2019年には、ヨーロピアンツアーCEOキース・ペリー氏から、長年にわたって障害者ゴルフ、ブラインドゴルフを支援してきたことを感謝され表彰されました。そして、ヨーロピアンツアー障害者ゴルフプログラム名誉アンバサダーとして、半田晴久会長(深見東州先生)に記念の盾が授与されました。

ここからは私の個人的な感想ですが、半田晴久会長(深見東州先生)は34年間、変わることなく障害者ゴルフ(ブラインドゴルフ)を支援して来られましたが、それもお金だけの支援に終わるのではなく、さまざまな困難で面倒な事柄を取りまとめたり、永続性のある体制を構築したりと、誰もしてこなかったこと、できなかったことをされてきたと思います。レギュラーツアーやシニアツアー、下部ツアーやジュニアの育成においても、さまざまな形で支援をされてきたと思います。

長い間、そのような活動の数々を世界の主要ツアーのトップや、関係する組織の人たち、またゴルファーも見てきたのだろうと思います。だからこそ「ワールドカップ・オブ・ゴルフ」や「プレジデントカップ」、また、今回の「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」もそうですが、ツアー主催者からも理解され、良好な関係の中で障害者ゴルフ大会の並行開催なども可能になってきたのでしょう。

そのようなビッグトーナメントと一緒に開催することのメリットは非常に大きく、メディアの目にも留まります。また、多くの観衆の目に触れますから、障害者スポーツとして障害者ゴルフの認知度が飛躍的に増してきたのではないかと思います。

同時に障害者ゴルファーたちのレベル向上にも、地道に貢献されてきました。パラリンピックの種目になるためには、ある程度の競技レベルがなければ実現不可能でしょうからね。そのような努力が身を結んでいるのか、ゴルフのルールを決めると言われるR & AとUSGA(全米ゴルフ協会)が動き、障害者ゴルファーの世界ランキングを設定することが2019年に決まったそうです。ブレンダン・ローラー氏も、それを一つの励みとして頑張り、世界ランキング1位になることができたのかもしれません。

今後は障害のカテゴリーとか、細かなルールなども、国際標準として整備されていくのではないかと思います。今でもあるとは思いますが、パラリンピックを見ていると、非常に細やかなカテゴリーに分かれて競技が行われています。まだまだ整備し、やるべきことが多々あると思われます。僕も陰ながらにではありますが、パラリンピック種目採用に向けて応援していきたいと思っています。

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