お盆の時期、毎年のことですが、お墓まいりに行く方も多いでしょう。私も、なるだけ実家の墓参りをするようにしています。

ワールドメイトに入会してからは、先祖供養に対する考え方もかなり変わりました。それまでは供養するとか、真剣に考えたことはなかったのですが、なぜ供養しなくてはいけないのかが理解できてからは、積極的にやるようになりました。

ただし、年中気にかけてやることはありませんし、また、そんなことをすると、かえって良くないことも理解できました。

先祖供養に対する正しい知識を持つことは大事だと思います。知ってからやるのと、そうでないのでは、かなり違う結果になってしまうでしょう。

 

こちらの本には、先祖供養に関する基本的なことを中心に、詳しく書かれています。宗派に偏らず、それでいて普段気がつかないことまで、学ぶことができます。

 

先祖供養入門

 

厳密に言うと、供養と言っても神道式があり、仏教のやり方があり、その仏教も宗派によっても細かく分かれているようです。また、同じ宗派であっても、地方によっても違うでしょうし、また、その地域独自のものもあるようです。さらに、その家の事情なんかも考慮すると、それこそ、何が正しいやり方なのかわからなくなりそうです。

私は、基本の考え方をよく学んだ上で、後の細かいところまでは、一つ一つ聞くわけにもいきませんから、こうだろうと思ってやっています。もし、あまり間違ったやり方をしていたり、考え違いをしていると、何らかの戒告のようなものがあるだろうと思っています。

 

ワールドメイトで聞いた先祖供養の正しい知識も、少しづつ紹介してきましたが、昨今は回忌供養一つするにも、バカにならない供養料を収めることになるので、経済的な理由からしないところも増えているようです。私の親戚筋の話になりますが、15分もないくらいの読経で、50万ほど包んでいました。しかも終わったらお酒を飲まれるとかで、昔からの檀家というのもあるのでしょうけど、それが当たり前のようになっているようです。なので、もうこんなことはやめようという話に、その家ではなってるらしいのです。

私の実家では10万ほどで、やってもらうところを探しました。安ければ良いわけではありませんが、丁寧で、誠実なお坊さんでしたので、そこが納得できるポイントでした。しかし、これで本当に供養になっているのかどうかは、疑問は残りますけどね。

 

現在は、核家族化のせいもあるのか、代々の先祖に対する意識というものが希薄になりつつあるように思います。どこも似たような感じで、だいたいそんなものだろうということでなんとか伝統が続いているのでしょう。今は、世の中の状況もどんどん変わりますので、この先は、お墓のことも含めて、先祖供養のやり方も変わっていくのかもしれません。

しかし、供養の対象となる先祖は、戦前の時代の方がほとんどで、江戸時代などの封建社会に生きていた先祖が多くなります。そうなると供養のやり方も、昔ながらの部分を変えてしまうのも、先祖としては納得できない可能性が出てきます。先祖からすると、それが当然でしょう。今までは、こんな風にしてもらっていたのに、なんで、やり方を変えるんだとなりかねません。また、やらなくなっても、なんでしてくれなくなったんだとなるでしょう。

一代違うだけでも時代の価値観は大きく変わります。先祖は大昔の時代の人たちですから、当然、現代に生きる人の価値観からするとこうしたいというのがあるでしょうけど、そこがなかなかややこしいところです。

 

ワールドメイトの先祖供養では、深見東州先生が一手にお取次をされていますが、基本的には、そういう昔ながらの先祖たちが喜ぶ供養の基本を押さえて、供養されているように思います。

それに、ワールドメイトの独自の新しいものもあります。実感として先祖が喜んでいるのを感じるワールドメイト会員が多いということは、やはり、それだけ霊験新たなる供養になっているのは間違いないでしょう。なかなか普通の供養をやっていては、感じたことのない体験をする人が多いのが特徴です。

それだけに、先祖供養する子孫の身としても、やりがいがあるというものです。また、日頃はほとんど意識することのない先祖たちですが、限られた時期だけとはいえ、とても身近に感じられることも良いことだと思っています。

 

日本には、なぜ、昔から先祖を大事にする習慣があるのか、当たり前すぎで当然のことのように思いますが、理屈でも理解できると同時に、実感としても理解できるようになってきました。それもワールドメイトの先祖供養のおかげだと思っています。

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